酸化を武器にする

このワイン(ノンアルコールだけれど)は色が意外だ。ブラン・ド・ブランつまりシャルドネ100%だと聞いていた。なのに琥珀色。オレンジワインというかロゼに近い色をしている。

香りも変わっている。アルコールがないので香りの立ち上り方は穏やかだけれど、かなり熟成されたシャンパーニュ、あるいはコニャックに近い。これは酸化還元反応に由来する香りの成分を含んでいるように感じられる。

味わいはエクストラ・ブリュット(超辛口)というだけあって甘みはほぼ感じられず、酸味は全編通しての主役のポジション。その酸味がかなり制御されていて、ニュアンスに富むのは見事だ。ミネラルウォーターのようなととろりとしたテクスチャーと塩味的なもの、スモーキーなニュアンスがこの酸味を彩る。ワイン的にはこれはミネラルと言えばその範疇に入ってしまうのだろうけれど、シェリー酒のような印象がちらちらとよぎる。ブドウの産地はリムーのごく限られた畑だそうで、ワイン的には地中海と大西洋の影響を受ける地中海性+海洋性気候の土地。でも、海に近いというほどでもないし、このエリアは5000万年前は海の底だったといっても、このミネラル感がそれだけに由来する、とはおもえない。

それで、秘密は酸化だ、とロドルフさんが言ったことですっと理解できたのだけど「なんで?」 という疑問も湧く。酸化は、ワインの世界では時に大いに忌避され、時に愛されるなかなかやっかいな存在だ。

ロドルフさんはこう言う。

「フレンチ・ブルームはワインを脱アルコールすることでアルコール度数0.0%を実現している。しかし脱アルコールするとワインからボディがなくなる」

これを言い切るとは誠実なことだ。

「また脱アルコール処理で当初は90%近いアロマも失われていた。気圧のコントロールや複数回に分けての脱アルコール方法を、3年間で発展させていったけれど、それでも60%程度のアロマは失われる」

さすがにそこまでぶっちゃけていいのか? とちょっと不安になる。

「私はシャンパーニュだけでなくコニャックでも経験を積んでいるけれど、コニャックの原酒は白ワインだ。ではその白ワインは優れた、美味しい白ワインである必要はあるだろうか?」

この答えはNoでありYesだ。コニャックは白ワインを蒸留して造る。だから蒸留して美味しい白ワインである必要はあるが、白ワイン時点で美味しくてもコニャックには向かない白ワインだってある。それはシャンパーニュにしてもそうで、ブレンド前のシャンパーニュの元になるワインは、結構美味しいことが多いけれど、それがブレンド後のシャンパーニュの美味しさを完全に保証するわけではない。

「私は実際、世界の高級ワインを色々と脱アルコールしてみた」

そこで名前が挙がったワインは、なるほど濃厚そうで、脱アルコールしてみたくなる気持ちもわからなくもなかったけれど、1本数万円レベルのものもあった。

「結果は散々だった」

純粋にもったいない!

「つまり、脱アルコールして美味しいワインというものがこの世にはあるはずだ、という発想に至った」

実に筋の通った理屈ではないか。そして、そういうワインは見当たらないから自分で造ることにしたのだという。ここでマギーさんが合いの手をいれたのだけれど、このフレンチ・ブルームの原酒は、なかなかに濃厚なワインで、正直言って、ワインとしてはそんなに美味しいものでもないそうだ。

さらにそこに複雑性を足しているのが酸化だ。

「このエクストラ・ブリュットの場合、全体の30%ほどのワインをフレンチオークの新樽で熟成している」

ちなみに、このワインのある程度の量は保存していて、現在のエクストラ・ブリュットは2023年収穫のブドウが中心だが、2022年収穫のブドウで造られたワインをブレンドしているそうだ。いわゆるリザーブワインだ。

「新樽で熟成する際も私たちはSO2(亜硫酸塩・ワインでは伝統的に酸化防止に利用する)を添加しないから、当然、ワインは酸化する」

これまた非常にストレートな物言いだ。

「それが脱アルコールすると好ましいテクスチャーになると発見した」

このエクストラ・ブリュットの独特の色、味わい、香りはそうやって生まれていたのだ。そしてこの発想はラ・キュヴェ・ヴィンテージにしても同様だという。

「当然、ただ酸化すればいいという話ではない。どういうバランスにすれば好ましいのか、それを探求している」

挑戦できるワイン

ロドルフさんは自分たちは挑戦者だと言った。たしかに、ノンアルコールワインにまだ共通認識といえるほどの価値基準はないはずだ。だから、ラ・キュヴェ・ヴィンテージやエクストラ・ブリュットがいいワインかどうか、ワインのようには判断できない。むしろそこにあんまりワインの常識みたいなものを持ち込んでしまうと、せっかくの自由が制限されかねない。

いまがチャンスなんじゃないかとおもう。今後、本当にノンアルコールが市場の半分を占めるかもしれない。そうなる前に、自由なうちに、いろいろな挑戦がなされ、ワインの、あるいはアルコール飲料の常識を拡張してくれれば、私たちはさらに豊かなワインの世界を生きることができる。

フレンチ・ブルームのワインは亜硫酸塩も防腐剤も砂糖も入っておらず、ビーガン、オーガニック、ハラール認定取得済みだから、人を選ばない。気になる人は、一度、自由なワインへの投票のつもりでフレンチ・ブルーム、特にラ・キュヴェ・ヴィンテージかエクストラ・ブリュットを試してみてほしい。あなたがどう感じるかも知りたいところだ。