斉藤 日本企業にはWACC(加重平均資本コスト)の発想がないから、稼がなければいけないベースコストの議論ができないんですよね。

 WACCに対するROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)はいくらなのかがスタートで、「D/EBITDAレシオが7とか10とかっていう計画でどうでしょう?」といういい話を銀行にしても、当時は通じない。経営者にも資本コストという発想がなく、銀行金利だけ返せばと思ってしまっている。

八田 多くの日本人経営者に会計リテラシーがないのは本当に問題ですね。道具立てのないところで経営をやっているわけですから。教育の問題もありますよね。日本は会計を勉強せずに経済学を学ばせる。産業再生機構でも活躍された冨山和彦さん(経営共創基盤 IGPIグループ会長)もスタンフォード大学に留学して初めて簿記を勉強したそうですね。

■ 東証で「コーポレートガバナンス・コード」創設を実現

八田 産業再生機構はもともと5年間の時限的な組織でしたよね。しかし、予定より1年早く2007年3月に解散するほどの効果を上げた。そして、斉藤さんの次の職場は東京証券取引所になるわけですが、これはどういった経緯だったのでしょうか。

斉藤 野村ホールディングス(HD)の会長になっていた氏家純一さんから頼まれたんです。西室泰三さん(元東芝社長、2005〜2010年まで東証会長)の後任がなかなか見つからないという話でした。

「日本株はもうダメだから、東証なんて行かないほうがいい」と助言してくれる友人もいましたし、そもそもお役所的で自分には合わないとも思っていたんですが、氏家さん、西室さんに懇願されたうえ、好きにやっていいと。「それならば…」と引き受けました。

八田 そこでコーポレートガバナンス・コード導入を主導されるわけですが、かなり紆余曲折があったのでは?

斉藤 米国株は株主に厳しく揉まれて株価が上昇しました。だから、日本でも株主に揉まれて日本企業が強くなれば、株価も上がる。そう考えて、コーポレートガバナンスの導入に向けた法改正を目指し、法制審議会も立ち上がったのですが、なかなか進まない。

 最大の抵抗勢力は実は法務省でした。既存の法律を変えることに、とにかく抵抗する。コーポレートガバナンス導入には経団連も猛反対していましたから、今回こそ法改正に持っていけると思っていたときでも、最後は付帯決議に格下げされてしまう有り様でした。