風俗画家の激戦区・オランダで人気を勝ち得たフェルメール。そこには独自の表現と時代に合わせたテーマやモティーフを選ぶという、マーケティング戦略にも長けていました。
文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)
フェルメールならではの技法
《手紙を書く女》(1665-66年)はフランス・ファン・ミーリスの《真珠をつなぐ女》(1658年)やヘラルト・テル・ボルフの《手紙を書く女》(1655年頃)、《恋文》(1669-71年)はピーテル・デ・ホーホの《男と女とオウム》(1668年)というように、フェルメールが描くものは独自のものではなく、構図や画題自体もこの時代の風俗画家が描いているものと同じでした。厨房風景や男女が戯れている様子、召使と女主人、海の風景など、ほとんどが二番煎じです。
そんななかで人気を得た理由として、フェルメールの絵の特徴である以下の3点が挙げられます。《牛乳を注ぐ女》(1658-59年)を例にして解説していきましょう。
1.正確な遠近法
ガラスが破れている窓から光が入ってきている台所。壁には釘や釘跡、汚れ、カゴなど生活の営みを感じさせるなかに、日焼けして荒れている手をした慎ましい女性を立たせています。フェルメールは構図の中心である消失点に紐のついた針を刺し、その紐を上下左右に動かして遠近法の線を引くという、一点透視図法の遠近法を用いました。この絵では女性の右手の甲の上が消失点で、ここに針を刺した跡があります。正確な遠近法の使い手として知られているフェルメールは、このように観る者の目がここに集まるように緻密な計算をして描いていました。
2.光の表現
ルネサンスの画家が表現した光は、全体にまんべんなく当たる光ですが、バロックの画家の光は強い光が差し込み、明るい部分と影に沈む部分を劇的に描きました。そんななかでフェルメールの光はほかの画家に比べると穏やかなのかもしれませんが、清澄な光の表現が大きな役割を演じ、フェルメール独自の世界を創り出しています。
フェルメールはカメラの前身であるカメラ・オブスキュラを使っていたとされています。この絵ではパンや陶器のところに光の粒がありますが、カメラ・オブスキュラでピントが合わないときにこういった光の粒が見えるといわれています。光の粒によって細やかで深いニュアンスが生まれ、ここに観る人の目が集中するという効果もあります。
3.色の効果
フェルメールといえばなんといっても「フェルメールブルー」と呼ばれる青でしょう。ラピスラズリから作られており、ほとんどがアフガニスタンから輸入したものです。オランダが貿易国であったことから手に入れやすかったのかもしれません。そのため「ウルトラマリン(海を渡ってきた)」と呼ばれました。
ラピスラズリを使った顔料はすごく高価で、聖母マリアの衣装などに使われてきましたが、この絵でフェルメールは慎ましい女性の衣服に惜しみなく使っています。さらに青とその補色である黄色のコントラストを効果的に利用しています。
乾性油と顔料を自ら練り合わせ、独自の色彩世界を表現したフェルメールの青を、シュールレアリスムの巨匠・サルバトール・ダリは「神秘の果汁」と呼んで羨ましがったと言います。
日本で人気のある《真珠の耳飾りの少女》(1665-66年)も青と黄色が効果的な作品です。以上のような確かな技法でフェルメールは自らをブランディングしたのでした。