今回は、大河ドラマ『光る君へ』において、木村達成が演じる居貞親王(三条天皇)を取り上げたい。

文=鷹橋 忍 

広隆寺と嵐電 写真=GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

冷泉上皇の第二皇子

 三条天皇は円融朝の天延4年(976)正月3日に、冷泉上皇の第二皇子として生まれた。

 母は、段田安則が演じた藤原兼家の娘・藤原超子である。

 諱を居貞(おきさだ)と定められ、天元元年(978)11月、数えで3歳の時に、親王宣下を受けた(以後、即位までを居貞親王、即位後は三条天皇と表記)。

 母・超子は居貞親王出産後も、貞元2年(977)に為尊親王、天元4年(981)に敦道親王を産んでいる。

 

天皇より年上の皇太子

 居貞親王の父・冷泉上皇は、安和2年(969)に、同母弟の坂東巳之助が演じた円融天皇に譲位し、皇太子には、冷泉上皇の第一皇子で、居貞親王の異母兄・本郷奏多が演じる師貞親王(のちの花山天皇)が立てられた。

 以後、皇統は「冷泉系」と「円融系」に分かれ、交互に天皇位を継いでいく。

 円融天皇は永観2年(984)8月に譲位し、皇太子の師貞親王が17歳で花山天皇となった。

 次の皇太子には、懐仁親王が立てられた。

 懐仁親王は、円融天皇と円融の女御である吉田羊が演じた藤原詮子(藤原兼家の娘)の間に生まれた皇子で、のちの一条天皇である。

 花山天皇は寛和2年(986)6月、19歳の時、出家を遂げ、退位する(寛和の変)。皇太子の懐仁親王が7歳で即位し、一条天皇となった。

 この時、皇太子に定められたのが、居貞親王である。居貞親王は11歳、一条天皇より4歳年上だった。

 皇太子が天皇より年長というのは、異例なことだった。

 こうして、25年にもおよぶ、居貞親王の長い皇太子時代がはじまった。