「街を内包した内部空間」

スパイラルカフェ Photo: Junpei Kato / Courtesy of Spiral / Wacoal Art Center

 私はこの「エスプラナード」を含め、槇文彦はこの《SPIRAL》で『街を内包した内部空間』を実現したかったのでは、と考える。彼はデビュー当初から、『空間の奥性』や『空間の襞』といった日本の都市空間の特性における建築について論考、実践しており、例えば代表作の《代官山ヒルサイドテラス》では、街路や周辺環境といった外部空間を敷地内にどうつなげるか、ということを主題としているのだが、この《SPIRAL》では更に、これらの外部空間を建築内部まで連続させる、すなわち、都市空間を内部空間に囲い込む=閉じ込めることがやりたかったのでは、と思う。

 これは前川國男の《東京文化会館》のエントランスホール(拙筆『東京建築物語』第13回参照)にも通じる「内部化された外部空間」である。

 そう考えて、改めて内部空間を巡ってみると、エントランスホールから「エスプラナード」はまるで参道のようで、そこを上った先は青山通りを愛でる物見台。チェアに腰掛け、ちょっとくつろいだら、「Spiral Market」の店内をブラブラと探索。そのあと「Spiral Garden」のスロープを緩やかに下って、最後は「Spiral Café」で一服・・・どうだろう、この回遊コースはまさに「屋根のある散策路」、なんとも「都会的な散歩道」ではなかろうか。


 私が初めて《SPIRAL》を訪れた時、この「都会的な散歩道」のチェアには、ツィードのジャケットを着た老紳士が腰掛け、新聞を読んでいたのだが、その姿のなんとオシャレでカッコよかったこと。私はその佇まいを見て思った。

 これが「TOKYO」だ!と。

 それから約30年。その姿と同様、未だ忘れられない、その日の出来事がある。

 私と友人は一通り《SPIRAL》の探索を終え、傑作建築の余韻を楽しむべく、「Spiral Café」に入った。いやぁ、ここから見る「Spiral Garden」のスロープや「エスプラナード」もまた格別!と二人で興奮しながら席に着き、せっかくだからケーキも食べちゃう?という勢いでメニューを広げてまぁビックリ!なんと珈琲が1杯1000円もするではないですか!高い、高過ぎる・・・果たして学食のうどんだったらいったい何杯食べられる???あまりの驚きに声も出さず我々は顔を見合わせたのだが、そこは変なプライドを持つ経験不足(?)の若輩二人。今更席を立つこともできず、大人しくアイスコーヒだけを頼み、心身ともに一気にクールダウン(アイスだけに)。意気消沈した我々は

「これが「東京」か・・・」

 とヒソヒソ言いながら、そそくさとカフェを後にしたのだった。

 まぁそんなビターな(コーヒーだけに)経験も、今となってはいい思い出。歳を重ね、すっかりオジさんになった私にとって、今なお《SPIRAL》が特別な建築であることに変わりはない。