「エスプラナード」の存在意義
続いて内部空間に入ってみよう。
エントランスホールに入り、左右にある小さなショップを抜けると、正面には、床が数段上がった場所にカフェがある。そして、そこで目を奪われるのが、その少し薄暗い客席の奥に、まるで後光が差したように鎮座する赤い円弧状のスロープだ。
これがまさしく内部の「螺旋=スパイラル」なのだが、これは、天空光が差し込む半径約9mの半円筒形のアトリウム(吹き抜け)に設けられた2階のショップへとつながるランプウェイで、この空間は「Spiral Garden」と呼ばれるエキシビジョンスペースとして多目的に使用される場所となっている。
アトリウムの壁面は大理石で白く美しく、赤い底面の螺旋のスロープは上下と途中数カ所でしか支持されていないので、1つの独立したオブジェのようであり、例えイベントが行われていなくても、それらだけでも十分鑑賞に値する。
この1階の平面構成は、槇文彦曰く、「丁度虫が光を求めるように人々は自然にこのギャラリーに導かれる」ことを意図して計画したとのこと。なるほど、そうして見るとカフェの床が上がり、かつ天井高さが抑えられていることが、その奥にあるエキシビジョンスペースが映画のスクリーンのように輝き、螺旋のスロープを一層際立たせるための仕掛けだったこともよく理解できる。
しかも、この《SPIRAL》の敷地は、青山通りに面して幅30m、奥行60mという奥が深い不整形の土地であり、加えて、当時の高さ制限では、奥の方は最高で20m程度と、正面と同じ高さでは建てられない事情があったということなので、これらの外的要因の解決策としても、トップライトがあるエキシビジョンスペースが奥にあるというレイアウトは非常に理にかなっていた計画だったと言える。
このように《SPIRAL》にとって「螺旋=スパイラル」が唯一無二の傑作たらしめる大きな要因になっているのは確かなのだが、私はそれら以上にこの《SPIRAL》の魅力であると言っていいのが「エスプラナード」の存在であると思っている。
「エスプラナード」とは、エントランスホールから2階にある「Spiral Market」へ、そして3階にある多目的ホール「Spiral Hall」のホワイエまでをつなぐ大階段のことなのだが、幅が約5mもあるゆったりとした贅沢な空間なので、ただの通過空間には留まらず、ギャラリーやイベント会場としても使用されるスペースだ。
これだけでも十分魅ユニークな「エスプラナード」なのだが、私がこの空間を愛してやまないのは、なんといっても、青山通りに面した大きなガラスのファサードエリアに、チェア(スイス人の巨匠マリオ・ボッタのデザインによる「セコンダ」)が置かれているということだ。
槇文彦はこの空間を「孤独を楽しめる場所」と説明しているが、まさしくその通り。私を含め、ここに座る人はみんな、独りになるため、独りを楽しむために来ているのではないだろうか。ここは天候に関係なく快適な環境だし、おしゃべりもなく静かだし、なんといっても無料だ。
私はこの場所以上にくつろげるパブリックスペースを他に知らない。
この場所の心地よさは、なんといってもチェアの配置方法によるところが大きい。通常、チェアを置くとすれば、壁際か、もしくはガラスに背を向けて置くところだろうが、ここは違う。チェアはあえて窓際に、そして外に向けて配置されているのである。それはまるで、落ち葉舞う清流を眺めるがごとくに、青山通りの車と人の流れを眺めてくださいと言わんばかりに。
しかもソファーやベンチではなく、チェアであることも「おひとりさま」を前提としていることに他ならない。