文=三村 大介 

《SPIRAL》外観 Photo: Junpei Kato / Courtesy of Spiral / Wacoal Art Center

「TOKYO」を映し出す建築

 この“建築”を初めて訪れたのは、今から30年以上前のことである。

 当時はまさしくバブル真っ盛り。未曾有の好景気に沸き、社会全体が異様なほどの活気に満ちあふれている時代であった。しかし、大阪郊外で平凡な学生生活を送っていた私にとって、それらはなんだか遠い別世界で繰り広げられている非現実の物語のようでもあった。

 特に、未だ訪れたことのなかった「東京」については、テレビや雑誌などから怒涛のように溢れ出てくる、なんとも華やかで魅惑いっぱいの情報に心躍らされたが、その一方、その煌びやかさや「都会感」には、「東京」へ立ち入ることを躊躇させてしまう疎外感的なものも感じていた。今思えば、不思議な感情なのだが・・・

 とは言え、そこはやはり建築学生の端くれ。そんな「東京」だからこそ、そこに建つ有名作品は絶対見に行かねば!と奮い立たせ、使命感にも近い思いで、友人と東京建築ツアーを決行した。4泊5日のスケジュールで、ロールプレイングゲームのミッションを怒涛の勢いで攻略するが如く、何十という作品をクリアしたのだが、その中でも私が一番楽しみにしていた、どうしても実際に見てみたかった「ラスボス」がこの“建築”であった。

 写真で見るその“建築”はとても洗練されたデザインで、「都会的でオシャレ」であった。そして、なぜだかその”建築”は、ギラついた世俗的な「東京」ではなく、ソフィストケイトされた街「TOKYO」を表象しているようでもあった。

 そんな憧れの“建築”を初めて訪れた時の感激は今でも忘れられない。

 今思えば、当時の私はやはり未熟だったのだなと痛感する。建築界はポストモダニズムが華やかなりし頃でもあったこともあり、派手で独創的な「建築」が「スゴイ」と考えていた私にとって、実はこの”建築”もその延長線上にあっただけだった。しかし、写真だけでは、この”建築”の真髄を全く理解できていなかった。

 実際に目にしたこの”建築”の品格漂う美しさは震えるほどカッコよかったし、内部空間の佇まいや雰囲気は本当に心地よかった。

 そして、なぜだか、この“建築”によって、「TOKYO」というものを、ほんのちょっとだけ知り得たような気がした。

 それから数年後、私は東京へ拠点を移すことになり、それ以降今まで、人生の半分以上を「東京」で過ごしているのだが、はたしてこれまで何度、この”建築”を訪れただろうか。カフェやショッピング、イベント開催時はもちろん、ただ独りになりたい時も含めると、もはや何十回にもなるであろうが。だが、いつ来ても30年前のあの感動が失われることはない。この”建築”は私の原点であり、今なお「TOKYO」を映し出す建築であり続けている。

 今回はこの”建築”、1985年(昭和60)に完成した槇文彦の設計による《SPIRAL》を紹介したいと思う。