最大の特徴「螺旋=スパイラル」

《SPIRAL》は、アンダーウェアで有名なワコールが「文化の事業化」を目指し、「生活とアートが美しく溶け合った豊かなライフスタイル」を実現するために作った建築であり、カフェやレストラン、生活雑貨のショップはもちろん、ギャラリーや多目的ホール、トータル・ビューティ・サロンや会員制クラブまで、多種多様なスペースを有する複合文化施設である。

 それこそ今では「生活とアートの融合」や「文化情報の受発信基地」といったコンセプトは、よくある話であるが、40年近く前の当時において、この《SPIRAL》のようなハイブリッドな機能を持つ建築は、極めて斬新で画期的であったと言えよう。

 そんな《SPIRAL》のデザインの最大の特徴は、その名称が的確に示しているように、建築の外部そして内部に施された「螺旋=スパイラル」による意匠だ。

 まずは外観を見てみよう。

《SPIRAL》外観 Photo: Junpei Kato / Courtesy of Spiral / Wacoal Art Center

《SPIRAL》は大小さまざまな正方形や立方体に加え、曲面や逆L字の壁、円錐、円柱と、多種多様な幾何学図形がコラージュされたように組み合わされている。一歩間違うと煩雑で節操のない感じになりそうだが、そこはさすが槇文彦。この複雑さを美しくまとめ上げるために、この《SPIRAL》には、ちゃんと仕掛けがなされている。

 青山通りに面したファサードを見てみると、アルミパネルとガラスで構成されているのだが、1.4mグリッドを基本モジュールとして整然とデザインされているので、これらの素材感も相まって、洗練された統一感のある印象を醸し出している。

 そしてさらに注目したいのがこのガラスの配置。右下にあるガラスから見てみるとそれが左へ向かってだんだんと上がっていき、左端で真上に上る、すると今度は左から右へと徐々に上がる、というように「渦巻き」を思わせるデザインなっていることがわかる。

 これは槙文彦が、「周辺の建物が水平性もしくは垂直方向を強調しているのに対して、それらとは異なる上昇性のあるファサードを作り出したかった」という意図によるものだが、だからといって、単に渦巻きに見えるように配置したわけではない。彼はファサードのサッシの間隔を決める際にフィボナッチ数列(※注)を用いて、この「螺旋=スパイラル」をデザインしたのである。すなわち、この知的操作によって、我々は建築全体に躍動感と同時に、理知的な美しさを本能的に感じているというわけなのだ。

(※注)前の二つの数字を足した数を並べていった数列(0、1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144、233、377・・・)。イタリアの数学者フィボナッチ(1170~1259年頃)が発行した書籍に記載されていたことからフィボナッチ数列と呼ばれる。この数列は、並べると螺旋形状を成すのだが、木の枝の分かれ方や花弁の枚数、ひまわりの種の列の数などから、人のDNAの2重螺旋構造や台風の渦巻き、銀河の渦巻きに至るまで自然界にいくつも潜んでおり、この螺旋は「生命の曲線」とも言われる。

(左)フィボナッチ螺旋 ロマン, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons (右)ヒマワリの種は螺旋状に並んでおり、螺旋の数を数えていくとフィボナッチ数が現れる L. シャマル, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons