「トヨペット・クラウン」(https://global.toyota/jp/mobility/toyota-brand/gallery/crown.html)
「トヨタ自動車20年史」、「帝人の歩み」(経団連レファレンスライブラリーにて撮影)

はじめに――社史の状況と面白さ

 社史。それは「会社の自叙伝」である。長い歴史を持つ会社は大きな節目ごとに「社史」を出している。わが国では、近代企業が誕生した明治時代初期に、早くも社史が出ている。本格的な社史の刊行が始まったのは明治30年代(1900年代初頭)で、銀行や鉄道会社が周年事業としての社史刊行を形作った。

 社史刊行の最初のピークは第二次世界大戦前、1930年代である。本格的な社史が出てから30年後で、この頃には各産業の代表的な企業が社史を刊行しており、ほとんどの業種で社史の刊行が開始された。

 その後、戦中・戦後の混乱期に刊行点数は減少するが、経済が復興し始めた1950年代の前半、一挙に増え、その後の社史ブームの発端となった。以後、高度成長期に入ったこともあって、年とともに刊行点数は増加する。社史刊行が最も多かったのは1980年代で、年間400点近くに上った。これは、明治期、昭和初期、第二次世界大戦後、第一次オイルショック後に創業した企業が、それぞれ100周年、50周年、30周年、10周年といった区切りを迎え、重なったからである。

 本格的な社史編纂(へんさん)が始まってからおよそ150年。社史は毎日のように刊行され、現在、年に200点くらいが出ている。今や国内の7000社が延べ1万8000点を刊行し、日本はその数において世界でも類を見ない「社史大国」になった。社史をひもとくと、有名企業の意思決定に入り乱れる人間模様や、「あり得ない!」と叫びたくなるようなユニークなひらめきが詳(つまび)らかに記されている。本連載では社史研究家の村橋勝子氏が、小説顔負けの面白さに満ちた社史を「意外性」の観点から紹介する。

「社史は堅苦しくて読む気がしない」?

石田退三(出典:「トヨタ自動車20年史」)

「きょうも、街路は、自動車でぎっしりです。赤、だいだい、黄、緑、青と、たくさんの自動車がところ狭しと疾駆しています。自動車は、いまではわたくしたちの生活に欠くことのできない、たいせつなものの一つとなっています」――これは、トヨタ自動車の最初の社史『トヨタ自動車20年史』(1958年)の書き出しだ。一般の本でもお堅い書き方が多かった当時、巻末の資料などを除く本文全編が小学校の教科書のような文体で書かれており、子どもが読んでも十分分かる。石田退三社長(当時)の序文の書き出しも「親ばかというのでしょうか。わたくしは、街などでトヨペット・クラウンが走っているのを見かけると、いいなあとわれながら感心します」だ。強い個性とリーダーシップを貫いた同氏とも思えない優しい文章だ。

 この「20年史」ほどでなくても、社史の文章は、一般の商業出版物と比べて堅苦しいものではない。