ビジネス書の名著・古典は多数存在するが、あなたは何冊読んだことがあるだろうか。本連載では、ビジネス書の目利きである荒木博行氏が、名著の「ツボ」を毎回イラストを交え紹介する。

 連載第5回は、マサチューセッツ工科大学(MIT)上級講師が、学習と創造のプロセスを解き明かし、世界のビジネスリーダーに支持される名著『U理論』(英治出版)を取り上げる。

<連載ラインアップ>
第1回 『イノベーションのジレンマ』で考える、顧客の声は「救い」か「呪い」か
第2回 『失敗の本質』に学ぶ、「組織の病」が企業にとって命取りになる本当の理由
第3回 『知識創造企業』に学ぶ、組織に絶え間なくイノベーションを起こすには?
第4回 『学習する組織』で考える、複雑すぎる世界で変革を遂げるための「5つの秘訣」
■第5回 MIT上級講師の『U理論』に学ぶ、本物の「対話力」の鍛え方とは?(本稿)
第6回 新規事業への横槍はこう封じる 「両利きの経営」実現のための4つの要件とは


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U理論[第二版]――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術 』(C・オットー・シャーマー著、中土井僚・由佐美加子訳、英治出版)

 最近、多くの組織において、マネジメント層の「対話力の欠如」が深刻な問題として認識されるようになった。

 今までは、マネジメント層のコミュニケーション課題といえば、プレゼンテーション力に代表される「伝える力」にあった。だから、コミュニケーション力強化の名目で、数多くのプレゼンテーション研修が実施されてきた。

 しかし、時代は変わったのだ。

 コミュニケーションが上から下へ、という単一のベクトルだけでは機能しなくなってきた。上から下だけでなく、下から上へ、もしくは横から横へ、斜め上から斜め下へ・・・といった多様なベクトルが必要になってきたのだ。

 その背景は、言うまでもない。コロナ禍を代表例として、私たちのビジネスにおける多くの前提が変化したからだ。

 もはやトップだけが考えてそれを下に伝えるだけのマネジメントモデルでは機能しなくなってきている。現場からの示唆をボトムアップで吸い取り、その知が循環していくような仕組みを作らなくては立ち行かない。

 そんな時代において、機能不全となっているポイントがある。それこそが、マネジメント層の「対話力」だ。

 プレゼンのように伝えるだけではない。伝えつつ、ちゃんと耳を傾けて聞く。そして聞いたものを問いかけて深めていく・・・。このような対話が現場でできていないのだ。

 マネジメント側に立つ人間が、「こうでなくてはならない」「こうなっているべきだ」という一方的な思い込みが強く、その見方を変えることができない。だから、現場にある新たな変化の兆しに耳を傾けられないのだ。

 たとえば、社員からリモートワークの推進提案があったとしても、その背景に耳を傾けることなく「リモートワークはサボりの温床になる」と一刀両断してしまう。「リモートワーク」という概念に対する過去からの思い込みが強すぎて、環境がどう変わっているのか、テクノロジーはどう変化しているのか、そしてメンバーたちにはどういう問題意識があるのか、ということを理解するマインドセットを持てていないのだ。

 対話っぽい形を作ることは可能だ。対話のための技術論を武装することもできるだろう。しかし、「変化から学ぼう」「他者から学ぼう」という根本的なマインドセットが伴わない限り、形式だけの「対話ごっこ」で終わってしまう。

 マインドセットなき対話ごっこ・・・。これが、現場で起きている悲劇の一端だ。

 では、なぜマネジメント層のマインドセットが変わらないのだろうか?

 それはマサチューセッツ工科大学(MIT)の上級講師、オットー・シャーマーが書いた名著『U理論』を読めばわかるだろう。

 この本は、偏見や凝り固まった見方から逃れて、新たな可能性を開くための思考技術や認知の変革について書かれている。

 しかし、これを読むたびに、その道行の困難さを目の前にして絶望することになるのだ。マインドセットを変えることは、それほどまでに難しい。

 一方で、それだけ難しいからこそ、この「U理論」のアプローチを体得できた暁には、新たな可能性に開かれていくのだろう。そんな絶望感と期待感の双方を感じさせる稀有な書籍だ。

 そこで、今回はそのU理論の本丸部分である「7つのプロセス」について紹介したいと思う。

 繰り返し言うが、ここで語られていることは極めて難解だ。使われている語彙も独特で、抽象度も高い。しかし、いきなり深い理解をしようとする前に、このU字のプロセスをまずは感覚的に感じ取ってほしい。

 このUをぐるっと渡る感覚を掴むことによって、私たちは新たなマインドセットを得ることができるのだ。