北方の宗教画の形式の特徴として、ヤン・ファン・アイクの《ヘントの祭壇画》(1432年)のような多翼祭壇画や三連祭壇画が上げられます。20作ともいわれているボスの真筆のうち、《快楽の園》をはじめとする12点が多翼祭壇画もしくは三連祭壇画です。それほどまでに用いたのはどうしてだったのでしょう?
文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)
祭壇画にみる愚者たち
ボスが最も用いたのは三連祭壇画です。三連祭壇画で最も多い形は、中央パネルと、その半分幅の左右パネルを蝶番でつなぎ、開閉できるものです。人気が高く、祈りの対象として用いられました。
通常は閉じていて、閉じた面には「受胎告知」などが描かれることが多く、ミサの時などに開かれました。開いた状態の中央パネルには最後の審判などの中心主題を描き、左右のパネルは副主題や守護聖人、寄進者家族が描かれました。
しかしボスの場合、三連祭壇画の形式を取りながらも、教会の祈りのために作られたものとは違いました。北方の伝統を受け継ぎ、三連祭壇画の形を流用しながら、あぶりだしているのはまさに人間の愚かさと悪の告発でした。
《快楽の園》は次回、詳しく紹介しますので、そのほかの典型的なボスの特徴をもつ祭壇画を2作、取り上げましょう。
《愚者の船》(1475-1500年頃)は最近の研究で、もともとは三連祭壇画の左パネルに描かれていたものだということがわかった作品です。外扉は《放浪者》(1500年頃)が描かれ、後世、板をスライスして内側の作品と切り離し、左右2枚を貼り合わせました。さらに4隅を切って8角形にしたと考えられています。
《愚者の船》では、小舟に乗っている修道士や尼僧、農民、道化たち愚か者が、ドンチャン騒ぎをしている様子が描かれ、木からぶら下がっているパンを愚かな男女がパン食い競争のように食べようとしています。そばにある楽器のリュートやテーブルの上のチェリーには性的なニュアンスがあります。右側では道化が綱の上に座って、盃で何か飲んでいて、その下では嘔吐している人もいて、大食や邪淫など愚かな行為をしている人間を描き、全体を通して七つの大罪を思わせるような悪が織り込まれています。
異教を示す三日月が描かれた赤い旗、悪や邪悪、罪を象徴するフクロウは木の上から顔を出しています。フクロウは通常、知恵の象徴ですが、ボスは悪のシンボリックな図像として、至るところに登場させています。
《愚者の船》の下に描かれた《快楽と大食の寓意》では七つの大罪が行われていて、右パネルの《守銭奴の死》でも人間の貪欲さを告発するような内容になっています。