ボスのキリスト教徒としての真面目さがよく理解できる1枚の板絵があります。神が見ている中で繰り広げられる人間の愚かさをユーモラスに誇張して描いた《七つの大罪と四終》(1505-10年頃)です。この絵をはじめ人間の愚かさを表現した絵を見ていくと、ボスの生涯のテーマが理解できるでしょう。
文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)
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《七つの大罪と四終》が表す世界
《七つの大罪と四終》はテーブル代わりの机絵で、スペイン王フェリペ2世が気に入って自室に置いていた作品です。現在所蔵しているプラド美術館でも水平にして展示しています。
四隅の円形の中に描かれているのは、人間の終わりに関連した4つの光景です。左上から時計回りに「臨終」「最後の審判」「天国」「地獄」となっていて、死んだ人間が最後の審判にかけられ、天国か地獄へ行くという四大終事です。
中央には大きな目の虹彩にたとえた円があり、これは神の目であるとみなされています。その真ん中にいるのは復活したキリストです。この絵のように復活の証である傷を指さしているキリストを「悲しみの人」といいます。キリストの下の文字には「注意せよ注意せよ、神がみたまう」と書いてあり、人間の愚行を神が見ていることを伝えています。
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キリストの周囲には人間が犯す七つの大罪がぐるりと描かれています。上から時計回りに「大食」「怠惰」「邪淫」「虚栄」「憤怒」「嫉妬」「貪欲」という七つ罪を犯している人間の様子です。キリスト教では七つの大罪を犯したものは、地獄に行くとされています。
中央のキリストの上下の巻物に書かれているのは旧約聖書の「申命記」の言葉です。上は「彼らは思慮にかけた国民。 彼らには洞察する力がない。もし彼らに知恵があれば悟ったであろうに。自分の行く末もわかったであろうに」、下は「私は私の顔を隠して、彼らの行く末を見届けよう」と書かれています。つまりこの絵では神が見ているなかで罪深い人間たちが悪の所業を繰り広げていて、全体が最後の審判の図像になっているのです。
七つの大罪の絵を簡単に解説しましょう。「大食」は太った男がテーブルで肉に齧り付き、さらに給仕の女が大きな皿に肉を持ってくる傍で、痩せ細った男が食べるものなく水だけ飲んでいます。
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「怠惰」は尼僧がやってきて祈りをうながすけれど、男は暖炉の前で寝ています。
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「邪淫」に描かれている赤いテントは愛が行われる場所をあらわし、楽器とともに快楽を示す象徴的な図像です。
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「虚栄」は背中を向けて立っている女が鏡を見ながら身なりを整え、その鏡を悪魔が支えているという、傲慢や虚栄を表す図像になっています。
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「憤怒」は妻を寝取られたのか、夫が怒って男にナイフを投げつけようとしています。
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「嫉妬」は女郎屋の風景が描かれていて、左側の女にはすでに客がいるのに、身なりのいい鷹を持った伊達男に色目を使っています。
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「貪欲」は裁判を行う執政官が賄賂を受け取る場面です。
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この絵は敬虔なキリスト教徒であるボスの、極めてキリスト教的なアプローチといえるでしょう。また、罪を犯す人間を中央の神の目が見ている、というすごくボス的なイメージと構成になっています。
キリスト教世界における七つの大罪をユーモラスに誇張しながら漫画的に表現しつつも、ボスが人間を罪深い存在としてえぐり出し、否定的に見ていることが伝わります。人間の顔の表情や、室内の細かい表現は北方的といえるでしょう。