コロナで一変した世界の市場とサプライチェーン、加速するDXへの対応など、将来の予測が困難な「VUCA(ブーカ)」時代において、日本の製造業を取り巻く環境はますます厳しさを増している。そんな中、「今こそ『マーケティング× DX』でこの状況を乗り越えるべき」と語るのが、横河電機 マーケティング本部本部長 CMOの阿部剛士氏だ。横河電機のマーケティングはどう変化し、どこへ向かおうとしているのか? 阿部氏に話を聞いた。
正しいマーケティングがあれば嵐を乗り切れる
――先が読めず、想定外のことが起こる状況を乗り切るには何が必要でしょうか。
阿部剛士氏(以下敬称略) 私たちは今、「VUCA時代×コロナ禍×DX」という嵐の真っ只中に置かれています。この嵐を抜け出すキーは、やはりDXです。私はDXの本質は、Dのデジタル技術ではなく、Xのトランスフォーメーション、変革だと思っています。今までの企業文化や従業員のマインドセットを変革すれば、それが企業を変革することにつながり、嵐を抜け出すきっかけになると考えています。
そのためには、従来のように勘や経験だけで乗り切るのではなく、正しいマーケティング手法に基づき嵐の風向きを正確に測り、嵐を抜け出すための航路である企業戦略を立案し、乗組員である社員全員が、決断力を持って実行することが重要になります。
──阿部さんは「マーケティング×DX」で嵐を乗り切るべきというお考えですが、そもそも「マーケティング」をどう定義されていますか。
阿部 古典的な考え方におけるマーケティングとは、「誰に・どのような価値を・どのように提供するか」を意味します。この基本的な考え方は今でも変わっていません。しかし、「Market + ing(進化形)」とある通り、マーケティングは変化します。実際、日本ではマーケティングはかつては販売促進のことと認識されていましたが、現在は「いかに顧客に使い続けてもらうか、顧客の生涯価値であるLTV(Life Time Value)を伸ばすこと」がその主目的になっています。
加えてマーケティングには狭義のマーケティングと広義のマーケティングがあります。狭義のマーケティングとは、新たな商品が開発された後の「どう提供するか、どう売るか」といった販売促進を含む業務を指します。本来、新商品開発は企業の将来を左右する大切な業務ですが、狭義のマーケティングは関わりません。
対して広義のマーケティングは、企業の将来を担う新商品開発に最初から参加して「誰に・どのような価値を提供するか」を検討し開発を推進します。もちろん販売促進である業務も行います。私は「Marketing is Everything」と考えています。現代のマーケティングは企業活動の広い領域で価値創造を実践する「広義のマーケティング」を目指すべきです。
──なぜ、日本では「マーケティング=販売促進」という捉え方が生まれたのでしょうか。
阿部 日本は戦後、「良い物を適切な価格で作れば売れる」「Made in Japanであれば売れる」という時代が続いていました。そのため、マーケティングに関しては、営業用のパンフレットを作ってくれればそれで十分というくらいに思われていた時期がありました。
加えて、日本では会社が将来にわたって事業継続していくこと、規模と安定性を重視し、生き残ることが大切とされてきました。また、アメリカのような民族の多様性がある国と比べると市場のニーズに大きな変化がないため、変化に対応する機会が少ないといわれてきました。
対してマーケティングという言葉を生み出した米国では成長を重視します。国土も広く、対面営業はしにくい環境です。多様性が当たり前ですから、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)や4P等が重要となるわけです。市場の変化も激しく、ものを売るには、変化を見越して誰に何をどうやって売るかを、常に考えることが必須なのです。その結果、マーケティングは市場の変化を見越して商品開発から関与することが当たり前になります。
グローバル化が進む今、日本のビジネスも海外市場の多様性や激しい変化を意識せざるを得ない状況となっています。米国的なマーケティングの発想が重要になってきたと言えます。