企業法務は今、難しい局面に向き合っている。21世紀初頭はグローバル化が進展し、FTA(自由貿易協定)による関税撤廃などで世界はフラット化され、企業活動においてサプライチェーンのグローバル化が大きく進展した。しかし、その後、国際政治の舞台でポピュリズムが台頭し、世界のブロック化が進み、米中の貿易問題、新型コロナウイルス問題、ウクライナへの侵攻など想像もつかなかった大きな変化が起こる。世界はグローバル化からブロック化の方向に向かっており、グローバリズムも見直しを迫られている。だが、想定していなかった戦争やパンデミックという環境の中でも、企業法務はビジネスの最前線で活動し、さまざまな価値判断を行っていかなければならない。企業法務が、今すべきことは何か? 法務部門のオペレーション改革に取り組む佐々木毅尚氏に聞いた。

法務部門を取り巻く環境が激変、対応すべき要素が増えている

――法務部門を取り巻く環境が大きく変化したといわれますが、具体的にはどのような変化が起きたとお考えですか。

佐々木 毅尚(ささき たけひさ)/SGホールディングス コンプライアンス統括部 担当部長

1991年明治安田生命入社。YKK、太陽誘電等を経て、2022年7月よりSGホールディングス、同職。法務やコンプライアンスに関連する業務を幅広く経験し、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『リーガルオペレーション革命』(商事法務 2021)、『eディスカバリー物語』(共著 商事法務 2022)等。
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座右の銘:「嫌ならやめろ」(合わないものは早々にやめて、新しいものをやっていこうということで、まさに私の人生観と一致しています)/「色即是空」(目に見えるものは実体として存在しておらず、常に変化しているものであるということで、価値観は人によって変わることを学びました)
注目の人物:渋沢栄一氏(とても尊敬しています。氏の『論語と算盤』は私の教科書です)
お薦めの書籍:『イノベーションのジレンマ』(クレイトン・クリステンセン著/若い頃に読んで衝撃を受けた本です)

佐々木毅尚氏(以下敬称略) 世界がフラット化していく流れの中、日本では製造拠点のグローバル化、特にアジアシフトが加速し、それが貿易の自由化でさらに後押しされました。

 しかし、2017年に米トランプ政権が誕生したあたりから、ポピュリズムに後押しされた自国の利益を優先する保護貿易傾向が強まって米中の貿易戦争が始まり、さらにウクライナ侵攻という事態に至っては、従来の経験に基づく発想では対応しきれなくなっているといえるでしょう。

 ですから、こうした状況の中でいかにして臨機応変に異常事態に対処していくかが、法務として今、最も考えなければいけない重要な課題となっています。

 しかも、技術の発展の速度がすさまじい。今後は自動運転、フィンテック、メタバースなど法律が十分に整備されていない分野のビジネスもどんどん加速していきます。

 こうした環境変化への対応として、法務部門は法規制にビジネスを適合させるという伝統的な考え方を変えて、自主的なルールを作るという新しい発想が求められています。法律がないところでも、「ここまでなら大丈夫じゃないか」と考えながら、ビジネススキームを構築していくわけです。

 現在の法務の業務は、こうしたことへの対応も含め、難易度が大きく上がっていると言えると思います。

――変化のレベルが過去と違う、業務の難易度も桁違い。こうした中で今、企業法務は何をすべきでしょうか。

佐々木 難易度が高い課題の解決には、クリエイティブワークの時間をもっと増やすことが重要です。例えば、既存の取引契約は、分析するとだいたい7、8割は定型的なものです。こうした定型的な業務はテクノロジーの活用で効率的に処理することが可能です。業務を効率化することによって、高難易度の案件に対応する時間をもっと作っていく必要があります。

 実際のところ、日系企業は、こうしたテクノロジーの導入率がかなり高い。例えば、電子契約は、多くの会社が既に導入済みです。

 しかし、それを使いこなしている会社はまだまだ少ない状態です。業務の効率化を目的としたツールは導入されているため、後はそれをうまく使いこなせば良いのです。