企業間におけるビジネスを円滑かつ確実に進める上で、契約実務の整備は避けて通れない課題だ。電子契約や契約書レビュー支援サービスのようなデジタルサービスは、すでに普及しつつあるが、日本におけるリーガルテックは業務効率化を目的とするものが多く、ビジネスの成長そのものを加速するには至っていないのが現状だ。本稿では、三菱商事で企業法務を手がけ、現在は商取引法や国際取引法を専門にする、一橋大学大学院法学研究科教授の小林一郎氏が、新しい契約実務の展望と在るべき法務DXの課題について語った。

※本コンテンツは、2022年10月25日(火)に開催されたJBpress/JDIR主催「第3回 法務・知財DXフォーラム」の基調講演「企業法務における新しい契約実務の展望と法務DXに求められる課題について」の内容を採録したものです。

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新しい契約実務が形成される背景にはガバナンス自体の変容がある

 企業法務のDX化、あるいはESG経営への関心の高まり、そして新たなビジネスモデルの出現・・・。昨今の急激な変化に伴って、企業間あるいは企業と個人がビジネスを交わす上で不可欠な「契約の在り方」も変わりつつある。一橋大学大学院法学研究科教授の小林一郎氏は、「こうした変化によって、今後さまざまな新しい契約実務が形成されていくことが予想されます」と語る。

 小林氏によると、それらの変化の背景には、契約書への強い期待とその限界、そしてイノベーションによる実務の変容があるという。

 これまで契約書を通じて行われてきた契約実務は、不可抗力による事態が起こった場合や法廷地の選択など、主に周辺的・付随的な条件条件を取り決めることに適したものだった。一方で、業務の品質など事業部門が前面に出て対応する本質的な項目について、きめ細かな取り決めまで行う場合、必ずしも契約書が適したツールであるともいいきれない一面もある。小林氏は、AIなどのイノベーションを活用すれば、効果的な解決をはかれるのではないかと考えている。

 多様なステークホルダーに対する利害調整の必要性が増していることも、新たな契約実務が形成される重要な背景だ。もちろん株主だけではなく、多様なステークホルダーを尊重するガバナンススタイルが求められているというのは、今に始まった話ではないが、その変容が加速しつつある点に留意したい。

 また昨今注目を浴びている「アジャイルガバナンス」は、新しいガバナンススタイルの典型と言うべきものだ。さまざまなステークホルダーが関わり複雑化することが予想される中で、利害関係を適切に配分し、これらを制御するメカニズムを最適な形で構築していく必要があると小林氏は示唆する。