文=中野香織 撮影=JBpress autograph編集部

《ピンクトパーズ&カラーゴールドスウィート》イギリス、1830年頃

「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展が開催中

 大倉集古館において「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展が開催されている。「穐葉アンティークジュウリー美術館」館長の穐葉昭江さんによるコレクションを中心とした展示で、19世紀ヴィクトリア朝のアンティークジュエリーから英国王室にまつわる宝飾品、アフタヌーンティーの銀器、ウェディングや喪の装い、繊細なアンティークレースにいたるまで、クラシックな雰囲気のなかでイギリスの伝統文化の魅力を堪能できる。

 アンティークジュエリーには、それが創られた時代の社会のありかた、感情のあつかい方を背景にしたユニークな物語がある。とはいえ、その時に大流行した素材やモチーフのなかには現代の目から見ると奇異に映るものもあり、素朴な目で眺めただけではその奥深さがわからない。そこで、ジュエリーの専門家として幅広い知見をお持ちの本間恵子さんとご一緒に展示を鑑賞させていただき、本間さんの教えを請いながら、当時のジュエリーの意味と現代における味わい方を考えてみた。

 

鉱物も昆虫も髪も目も、素材にしてしまう

本間恵子さん(左)ジュエリー・時計ジャーナリスト。東京都出身。ジュエリーデザイナーから宝飾専門誌のエディターに転身し、後にフリーランスに。国内外の見本市や展示会を取材して雑誌や新聞に寄稿する他、ジュエリー史の研究も行う

中野 ヴィクトリア時代のジュエリーといっても、一言でくくれないほどバリエーションが豊かですよね。

本間 産業革命で新興富裕層が増えた結果ですね。庶民でもお金を持って身を飾りたくなった人が増え、ジュエリーに使われる素材も技法も豊かになっていったんです。

中野 こんなものが、というものまで素材にしていますね。たとえばカットスティールやマルカジット。貴金属ではないので安価、でも意外に見栄えするものが多くて、私も留学中はよくアンティークフェアに出かけては買っていました。

本間 鉱物にダイヤモンドのようなカットをほどこして、きらきらさせています。当時のコスチュームジュエリーですね。

中野 シャネルの前にすでにコスチュームジュエリーがあったとは! 貴金属ではない素材といえば、昆虫型のイヤリングもありますね。精巧に作られていて本物のように見えます。

右から《タイガークロウ&ゴールドブローチ》19世紀後期、イギリス
《昆虫&ゴールドイヤリング》20世紀後期、イギリス
《ブルーバタフライブローチ「トンボ」》20世紀初期、イギリス

本間 いえいえ、本物の昆虫をそのまま使っていますよ(笑)。標本みたいですよね。ナポレオンが遠征していた時代にはスカラベで作ったりとか、昆虫を使う伝統はあります。現代でも作っている人がいますよ。蝶の羽をはりつけたものもあれば、鳥の羽を時計の文字盤に使ったものもありますし、ほんとに、なんでもジュエリーにしてしまう。

中野 えっ!? 本物の昆虫でしたか。不気味すぎます。不気味すぎるといえば、避けて通れないのがヘアジュエリーですね。故人の髪、愛した人の髪を使ってジュエリーにしてしまうという。ロケットの中に遺髪を入れておくくらいなら理解できますが、これにはぎょっとします。

本間 髪を素材にして絵画的な表現にしてみたり、立体的に編んでみたりとアートなジュエリーを作ってしまいますからね。

中野 始まりは、清教徒革命で斬首されたチャールズ1世の遺髪を「スライド」とよばれるブレスレット状のジュエリーに入れて悼んだことにあるようです。

本間 髪を使うジュエリーの流行はけっこう長く続きました。一方、「目」を描いた「アイ」ジュエリーの流行はあっという間に終わったんですよね。

《「アイ」ミニアチュールブローチ》1870年頃、イギリス

中野 ああ、愛する人の片目だけ描いたブローチ。これこそコワすぎて意味がわからないのですが。呪術ですか。

本間 ジョージ4世が遠くにいる愛人に自分の目を描いて贈ったのが流行のきっかけだったらしいのですが、遠くに行ってしまった人を思う愛情表現ですね。10年から20年くらいの間、わっと流行して、あっという間に廃れました。だから、今残っているのは数が少なくて、市場に出回ると貴重品扱いされます。