センチメンタルジュエリー…人の思いは時を超える

中野 センチメンタルジュエリーもこの時代の特徴的なジュエリーです。

本間 こちらは有名な「REGARD」パドロック・ペンダント。ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイヤモンドの頭文字をとって、REGARD(敬愛)を表します。

《リガードパドロックペンダント》イギリス、1820~30年頃

中野 オヤジギャグですね。失礼、宝石のことば遊びですね。おまけにパドロック=錠前だからがっちり愛情の鍵というニュアンスもあります。

本間 あからさまではなく、婉曲に、隠すのがよかったのです。リボンモチーフもヴィクトリア時代に非常に多いですが、リボンには愛情を結ぶという意味がこめられますし。

中野 「リスペクタブル」(上品に見える)であるためには、婉曲表現に長けていることも重要だったんですね。ヴィクトリア時代には花言葉も発明されているんですよ。このパドロック・ペンダントにトルコ石が使われていますが、勿忘草を連想させますね。勿忘草にも「私を忘れないで」という花言葉があります。それにしてもこのペンダント、これほど意味がぎゅうぎゅうこめられているわりには、小さいですね。

《エナメル&ゴールドネックレス》1870年頃、イギリス

本間 素材がそんなにたくさんあるわけではないので、大きくはできないですね。金にしても、たくさんとれるわけではなかったので、薄い板をたたいて延ばして、薄く作ってあります。金製品はかなり技巧をこらされてゴージャスに見えますが、見た目よりも量は使っていません。金のフリンジ装飾までありますが、これは産業革命で機械によって作ることができるようになったものです。

中野 え、この糸のようなフリンジまで? 少ない手持ちの資産を技巧の力で最大限魅力的に見せる、これはこれでひとつの知恵ですね。

本間 涙ぐましい努力というか。今とは比べ物にならないくらい素材が少なかったので、リサイクルすることも多かったのです。だから、逆に言えば、今日までしぶとく残っているジュエリーには、なにかしら意志がはたらいていると思わざるを得ません。壊すのが忍びないくらいの何かを発しているんだと思いますよ。

中野 髪とか目とかが、まさにそうですね。気持ちがこもりすぎていて破壊も廃棄もできない。そう考えると、ヴィクトリアン・ジュエリーには、時を超えるためのヒントがつまっていますね。「人の思い」。思いは時を超えるっていうことでしょうか。

本間 思いの象徴には結婚指輪もありますが、結婚指輪が定着したのもヴィクトリア時代です。ローマ時代から指輪の交換は行われていましたが、ヴィクトリア女王とアルバート公の成婚の折に、ドイツの習慣に従って贈りあったことが定着のきっかけになりました。

中野 花嫁には金の指輪を、花婿には銀の指輪を、という交換ですね。蛇のモチーフが使われているのもあります。

《リング「蛇」》19世紀初期、イギリス

本間 尻尾をくわえた蛇は、終わりも始まりもなく永遠を表すので、結婚指輪にふさわしいんです。蛇は生命力も強いですし。ヴィクトリア女王は婚約指輪が蛇のモチーフでした。

中野 何度も脱皮して生まれ変わる生きもの、という意味でも結婚生活を常にフレッシュにしていくという意味も読みとれるでしょうか。男性がつける数少ないジュエリーの一つでもありますが、この時代の男性がつけるユニークなジュエリーといえば、アルバートチェーンがありますね。

本間 懐中時計につながれている、スーツの前面を飾るチェーンですね。

中野 はい。時間を大切にしたアルバート公にちなんでアルバートチェーンと命名されたものです。男性のジュエリーとしては、ほかにシグネットリングもありますね。チャールズ国王もつけています。

本間 シール(蠟封用印章)が台座についている指輪ですね。

中野 はい、現代でもイギリスマニアの男性は好んでつけていますが、男性が身を飾りたいときに、これ、ハンコだからという機能を主張することがジュエリーをつける言い訳になっています。実態のない機能も言い訳として意味を与えることができれば、時を超えます。

右から《ケント公爵のシール》1800年頃、イギリス
《ネイサン・ロスチャイルドのシール(シャトリン付き)》1825年、イギリス
《スペンサー伯爵のシール》18世紀後期、イギリス