還暦を過ぎて出会った〝新たな才能〟

「村山謙太、中村匠吾という素晴らしい選手が育ち、全日本は4連覇しました。そのときは55歳くらいで、ひと息入れようかなという気持ちもありましたし、年齢からか疲れも感じるようになった部分があったんです。そんなときに田澤が来て、私を奮い立たせた。再び、面白い選手と巡り会えたことで、日の丸をつける選手に育てようというスイッチが入ったんです」

 2019年、田澤廉が駒大に入学。すでに還暦を迎えていた名将の気持ちが再燃した。その期待に応えるように田澤は成長する。全日本大学駅伝で4年連続の区間賞を獲得するなど学生駅伝で大活躍。さらにトラックでも結果を残した。

 3年時は5月の日本選手権10000mで2位に食い込むと、12月に10000mで日本歴代2位(日本人学生最高)の27分23秒44をマーク。昨夏はオレゴン世界選手権10000mに出場した。

 

ふたりの師弟関係は続く

 今季限りで母校の監督を勇退する大八木だが、4月からは「総監督のような立場」について、藤田敦史次期監督をサポートしながら、田澤と〝新たな夢〟に挑戦していく。田澤は4月からトヨタ自動車の所属となるが、今後も駒大を練習拠点に、大八木から指導を受けることになるのだ。

「今後は田澤と世界を見つめてやっていきます。選手50人の面倒を見るのは体力的にもきついですけど、数人見るくらいならちょうどいい。駒大の上の選手も一緒に練習できるでしょうし、他の実業団チームに進んだ選手。私の指導を受けたい選手がいれば、駒大OB以外も見たいなという気持ちがあります。とにかく、これからは世界と戦えるような選手を育てていきたい」

 男子10000mの参加標準記録は今夏のブダペスト世界選手権が27分10秒00で、来夏のパリ五輪が27分00秒00。日本記録(27分18秒75)を大きく上回っており、世界大会参戦するのは非常に難しくなってきている。

「オレゴン世界選手権では、もう一つ上げていかないと世界では戦えないなと感じました。そういう面ではワンランク上のトレーニングを考えないといけませんし、海外に行って学んでみたいという思いもあります。近年はレベルが上がっているので、出るだけでも大変ですが、世界で戦うことを目指して指導していきたい。それを人生のラストチャレンジにしようかなと思います」

 大八木は〝昭和の男〟というイメージがあるかもしれないが、柔軟な面も持ち合わせている。時代や選手たちのカラーに合わせて指導法を変えて、練習メニューも組み替えてきた。64歳になっても「道半ば」と考えている大八木の指導はまだまだ進化していくことだろう。

 一方で田澤は大八木のことを信頼しながらも、自分の感覚を大切にしている。昨年5月の日本選手権10000mは調整面がうまくいかず、10位に終わったときには、「今後はしっかりと自分の意見を言って、自分の体調などを共有したうえで、試合に臨んでいきたい」と話していた。ときには師匠の方針に異を唱えることもあるのだ。

 かつての瀬古利彦&中村清の関係とは異なる、田澤廉&大八木弘明の最強コンビ。ふたりの挑戦を期待せずにはいられない。