作業服市場で圧倒的なシェアを誇るワークマンが、市場の成熟を見越して新業態「WORKMAN Plus」を仕掛け、大ヒットを収めている。この変革を支えたのは、同社専務取締役/東北大学特任教授の土屋哲雄氏が主導した「データ活用の徹底」と「しない経営」だ。『DXの思考法』の著者である、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授/経営共創基盤シニア・エグゼクティブ・フェローの西山圭太氏との対談で、すべての企業に共通する変革のエッセンスが明らかになった。

※本コンテンツは、2022年9月29日に開催されたJBpress/JDIR主催「第14回DXフォーラム デジタルテクノロジーの活用による企業変革の実現」の特別対談「ワークマンに学ぶ『DXの思考法』」の内容を採録したものです。

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データにもとづく議論を可能に。コミュニケーションツールとしてのデータ活用

西山圭太氏(以下、西山) 初めにワークマンの強み、さらにデータやデジタルを使ってどう強くなってきたか、お聞きしていきたいと思います。土屋さんご自身は、最初からワークマンにいらっしゃったのではないのですよね。

土屋哲雄氏(以下、土屋) 私は30年以上、総合商社におりまして、中国でワードプロセッサーをつくったり、ソフトウエアや知財のコンサルティングを手掛けたりしていました。ブームになったところに飛びついて、ブームが去ると撤退するという、ゲリラ戦専門の「ジャングルファイター」というあだ名をもらったりしていました。その後、ワークマン創業者の叔父に呼ばれて59歳で当社に入社しました。その当時は「商社時代の仕事の仕方はまずかったかな」と反省していました。

西山 それは逆に捉えれば、土屋さんは前例に従わない、常識を疑うということを商社でも実践されていたといえますね。そんな土屋さんにとって、ワークマンはどのような会社だったのでしょうか。

土屋 第一印象は「愚直」でした。作業服の業界トップで当時700店舗、2位は30店舗。狭い業態の中で、勘と経験で愚直に深掘りしてきた会社です。一方、私はオーナーから「2年間何もしなくていい」と言われて、本当に何もしませんでした。しかし、何もしない間に「作業服の市場は、あと2、3年で取り尽くしてしまう」ということが分かりました。そこで改革が必要だと慌てたのですが、会社を買ったり、人材を募集したりするような「飛び道具」は使いたくなかった。やはり「愚直」をキーワードにして、自然に変えていきたいと考えたのです。

西山 「何もしなくていい」と言われても、元ジャングルファイターとしては、何かしていたのでしょうね。

土屋 実はオーナーから「経営者を育ててほしい」とだけは言われていたので、「データ経営」を目指してデータ活用教育を始めたのです。ワークマンは上意下達の会社で、上に忖度するところがあったのですが、データに基づき平等に議論して知恵を出す経営に変えたいと考えました。いわば、「コミュニケーションツールとしてのデータ活用」ですね。社長を含む社員全員に、データベースから定型分析、応用分析、エクセルの関数やマクロでツールをつくることなど、年に2~3回の研修から始めて教育していきました。人事には、改革マインドとデータ活用力がない人は部長以上にするなと、この点だけ要望を出しました。

西山 それは言い換えると、DXにおいてまずやるべき組織能力の開発をしたということになりますね。重要なのは、戦略よりも前に組織能力を身につけることです。その目標を明確にした上で、次に戦略的なアクションを取るという順番が大事です。ワークマンの場合は、ポジションに関係なくデータにもとづいて議論をすることが組織能力の目標に当たります。

心理的安全性を確保して進める無形資産のインフラ整備が人を伸ばす

西山 データ活用教育で、社員や組織はどのように変わっていったのでしょうか。

土屋 組織論でいえば、ダイナミックケイパビリティ、つまり環境の変化に合わせて現場が自己変革していったということになります。当社は徹底したマニュアル主義ですが、一方で、店舗の担当者にこれを変える権限を与えています。ただし、担当者はそれが正しいのかを必ずデータで検証します。その結果、判断が当たっていれば、マニュアル自体を書き換えます。現場は勝手に動いて、上はそれを吸い上げる。そのときに「知行一致」と言っていますが、知と行が一致しているかを、このデータで確認するわけです。

西山 データ活用教育が進んで、現場の自由度が高まったということですね。ただ、上意下達の会社で突然「自由にしてよい」となっても難しいと思うのですが、初めはどのような反応だったのでしょうか。

土屋 急激に変えたくはなかったので、プレッシャーを与えず、心理的安全性も加味して、あくまで自然な変革を目指しました。業務で判断を行うにしても、社内で最も情報が集まっているのは現場です。ならば現場で決める方がいいと、徹底的に権限委譲する。その一方では、ノルマや時間の制限を設けず、成果が出なくても否定せず、3年ほど待ってダメならポジションを変えてみるという感じでした。ちなみに、それによる降格人事はありません。

 ただ、当社は製品開発が一番強いのですが、ここに少し仕掛けがあります。作業服は10年、他のアパレル製品も5年の寿命があるのです。毎年、色やボタンなどは多少変えますが、5年間続くので売り切る必要がありません。1年目は少なく作って、需要予測で2年目にプラスマイナス10%くらいで調整し、5年続けるのがミソです。1年目は売れると思う量の半分しか作らないからリスクは少なく、しかも動きを見ながら5年続けられるので、入社3年目の社員が勝手に作っても、最終的に10億円売り上げる商品に育てることが可能になります。

西山 心理的安全性を保証して、環境を整えたということですね。時間はかかっても、基本的な会社のインフラ、仕組み、社員の行動基準を整えておくと、いずれ自走してどんどん速くなるということがいえますね。

土屋 はい。そうした無形資産のインフラ整備は、データ経営で最も重要だと思います。2年目以降の需要予測は、統計的なアルゴリズムで分析ソフトをたくさん使って行いますが、当社には突出した能力をもつデータサイエンティストはいません。理系の社員もあまりいません。それでも、ほとんどの社員がクラウドを活用し、自分で分析基盤をつくれるようになってきています。

 超ポジティブアプローチで、100点満点のテストで90点平均を取らせる。データを分析して結果が出たら、すぐに社長賞を出す。社員がPythonを勉強して資格を取ったから報奨金を出してほしいと言ってきたら、丸ごと認める。そんな試みをいくつも実践するうちに人材が伸びてきました。