デジタル化は人々の生活にさまざまな恩恵をもたらしたが、その陰で急激な変化に対応できず、事業撤退を余儀なくされる企業も少なからず存在する。今後、わが国の企業はどのようにデジタル化による市場変化に立ち向かえばいいのだろうか。早稲田大学ビジネススクール教授の根来龍之氏が、これまでのデジタル化による変化と、そこから学ぶ対応策について語った。
※本コンテンツは、2022年6月27日に開催されたJBpress/JDIR主催「第13回 DXフォーラム」の特別講演3「デジタル化の2周目問題」の内容を採録したものです。
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デジタル化が進む中、古くからある企業も競争力を維持している
今では当たり前のインフラとなったインターネットだが、それが商用化されて世界中のどこからでも制約なくアクセスできるようになったのは、1990年代前半からだ。早稲田大学IT戦略研究所所長/早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)教授の根来龍之氏は、これを「デジタル化の第1段階」と呼んでいる。そして、ブロードバンド普及による2000年代以降、あるいはスマートフォンが普及し始めた2010年以降、すなわち大量のデータ処理や、ソフトウェアによるハードの代替、さらに現実と仮想を同時にシミュレーションできるような技術が確立されてきた現在までを、「デジタル化の第2段階」と呼べるとする(具体的に「いつどのような変化」が第2段階の始まりなのかは産業による)。
このように、デジタル化は大きく見ると2つの段階を経て進んできたが、それに伴って世の中の企業の立ち位置はどう変化してきたのか。根来氏は、ロンドンビジネススクールのバーキンショー教授の整理に基づいて、下図のアメリカと世界の企業の総収益ランキングを示す「フォーチュン・グローバル500」による、1995年と2020年の比較を示しながら次のように評価する。
「デジタル化が進んだ2020年でも、1995年にアメリカや世界の上位を占めていた既存企業のほとんどは成長が止まっても退場させられるわけではなく、破産した企業はイーストマン・コダックやトイザらスなどわずか35社にとどまっています。一方、新たにリストに名を連ねた企業も17社程度と意外に少ないのです。この中には、AppleやAmazon、Alphabet(Google Inc.およびグループ企業の持ち株会社として2015年に設立)といった、おなじみの急成長企業が入っています」
確かにデジタル化への対応が遅れて破産した企業も一部あるが、総収益ランキングにおける企業のすべてが入れ替わったわけではない。つまり、デジタル化から20年以上経っても意外と既存大企業の多くは競争力を維持していると根来氏は指摘する。それは、それらの企業の業界におけるイノベーションが、既存大企業が追いかけることができる規模とスピードで現実には起こったからだ。
「デジタル化の1周目を乗り越えること」が変化に取り残されない最低条件
もちろん、デジタル化の波が大企業の経営に大きな影響を及ぼした業界もある。一例を挙げると、日本のカメラ業界はデジタル化により大きな打撃を被った。
カメラ業界では、1990年前半まではアナログカメラが中心だった。その後デジタルカメラが登場するが、7年間ほどはアナログカメラとデジタルカメラの両方が併存する時期が続く。1995年にカシオ計算機株式会社が「QV-10」という実質的に最初の商用デジタルカメラを発売。一方その翌年に、今度は大手カメラメーカー5社がアナログカメラ用の「ASPフィルム」を共同開発するといった具合だ。
ところが、1998年に発売された富士フイルム株式会社の「FinePix700」などが大ヒットし、デジタルカメラが全盛期を迎えると、アナログカメラは急速に衰退する。ここまでがカメラ業界のデジタル化の1周目だったと、根来氏は語る。
2007年に「iPhone」が登場した(日本発売は2008年)のを契機に、カメラ業界のデジタル化2周目が始まる。スマートフォンの販売台数の急速な伸びとともに、普及製品であるコンパクト・デジカメの需要は急速に落ち込んだ。下の販売台数の推移からも、その主役交代の急激さが分かるだろう。
この2周目への移行で、撤退を余儀なくされる企業も多かった。デジタル化1周目で、すでにコニカミノルタ株式会社やペンタックス株式会社(現・リコーイメージング株式会社)などがデジタルカメラから撤退。2周目には、日本でトップクラスのシェアを占めていた株式会社ニコンでさえ、デジタル一眼カメラに絞ることを決断。カシオ計算機株式会社やオリンパス株式会社も、デジタルカメラから手を引いた。
このように事業参入や撤退は、デジタル化のステージの変化に合わせて起こると、根来氏は話す。
「産業によって違いはあれど、現在はほとんどの業界がデジタル化の2周目に入っています。ここで注意すべきは、1周目への対応が遅れた企業は、2周目以降、その市場に残るのが厳しくなるということです。たとえ1周目のデジタル化を乗り切っても、新興企業にシェアを奪われ、2周目以降で消えていく例もあります。また1周目で登場した新興企業が2周目に登場したさらに若い企業にシェアを奪われていく例もあります」