監査プロセスの変革に向けて4本の柱を設定
日本最大級のビジネスプロフェッショナルグループ・デロイト トーマツ グループの有限責任監査法人トーマツは、日本初の全国規模の監査法人として、創立以来、資本市場の信頼性の確保に貢献してきた。DXへの取り組みも早くから行い、監査のさらなる高度化のためにデジタル技術も積極的に導入し、2022年には経済産業省が認定する「DX認定事業者」にも認定された。イノベーションをリードするのが、トーマツでパートナーを務める今井美菜穂氏だ。前職ではシステム開発に携わり、エンジニアとしての視点も持つ今井氏に、トーマツのDXについて聞いた。
――トーマツがDXに取り組むようになったきっかけを教えてください。
今井 監査を取り巻く環境、社会が急速に変わっている中で、私どもも変わらなければならないという気運が社内に広まり、2015年に「Audit Innovation」と呼ばれるイノベーションの推進活動がスタートしました。2019年にAudit Innovation部が設立されたのを機にDXへの取り組みが本格化し、現在はシステムや業務の変革をはじめ、変化に対応できる人材の育成を目指して施策を行っています。
――Audit Innovation部は、どのような組織ですか。
今井 監査におけるデータ活用、いわゆるデータアナリティクスから始まり、それらのデータを取り扱う基盤やアプリケーションの開発、標準化と徐々にDXとしての活動範囲を広げる中で、Audit Innovationという形で2015年に統括しました。さらに、監査業務の高度化・効率化などを考える部隊を有機的に統合して 、2019年にAudit Innovation部が設立されました。もともと会計監査の現場で働いており、監査の変革に参画したいと集まった公認会計士等と、外部採用で集まったさまざまなバックグラウンドを持った専門家で構成され、多様性にあふれた部門になっています。
――部署化したことで、Audit Innovationが加速した部分はありますか。
今井 それはありますね。2015年当時は、モノを作り、Audit Innovationを可視化することを第一に進めてきましたが、そこから浸透させていくという動きにシフトする際には、より現場の巻き込みが必要になるので、Audit Innovationのイノベーション推進部隊とより強く連携しながら進められるようになったことが、2019年の組織変更のメリットだと考えています。
――DXを推進する上で、ステップなどを設定していますか。
今井 私どもは「デジタル化」「標準化」「集中化」「高度なデータ活用」という4本の柱を立ててDXを推進しています。これらに対して、1本ずつシーケンシャルに進めるのではなく、並列で取り組んでいるのが特徴です。
「デジタル化」は、主に書類のデータ化ですね。例えば「Scanlens+」というスマートフォンのアプリを独自開発し、スキャンした資料をデジタル化し、安心・安全に情報を共有しています。会計士が現場で書類をスマートフォンで撮影したものをメールで送る場合、そのデータがスマートフォン内に残ってしまうと、万が一端末を落としたときに情報が漏洩してしまう危険があります。Scanlens+は、送信してしまえばデータが一切、残らない仕様になっているので、安心して手続を行うことができます。
また、「Tohmatsu LINK」というトーマツオリジナルの監査補助デバイスとして、市販のタブレットにScanlens+等の独自のアプリをインストールしたものを被監査会社に貸与することも行っています。こちらのデバイスを使って撮影して送っていただけば、簡単に被監査会社・監査チーム間で情報を共有することができます。ちょうどこのデバイスをリリースした時期にコロナ禍になり、リモートワークの企業が増えたこともあって、非常に好評をいただいております。
2つ目の柱である「標準化」は、手作業で行っていたプロセスの電子化・システム化です。こちらで使用しているツールの1つに「Audit Suite Vouch(AS Vouch)」というものがあります。被監査会社にサンプル提出の依頼をした際、見積書や納品書、領収書などをメール等で送っていただきます。その際、数が多い場合などは「このサンプルの領収書は送付済みだっけ」と分からなくなったりすることがあります。また、“ここは自分の担当だけど、ここの部分は経理部に依頼しないといけない”などといった場合、コミュニケーションが複雑になってきます。AS Vouchは、被監査会社自身が必要な資料をドラッグ&ドロップすれば、証憑が順次そこに入っていくので、提出済と未提出の書類が一目瞭然で分かります。
3つ目の「集中化」ですが、どんなにシステム化が進んでも、監査現場では人による手続が必要な場面もあります。ただ、必ずしも全ての手続を会計士が行う必要性はないわけです。そこで、チェック業務や継続・反復的な作業などを集約して処理する「トーマツ監査イノベーション&デリバリーセンター」を運用しています。
また、4大監査法人の共同出資により「Balance Gateway」を提供する会計監査確認センター合同会社を設立しました。こちらは、確認状の発送・回収をWebと事務センターに集約・サポートすることで、監査人の事務手続を削減することができます。
最後の「高度なデータ活用」ですが、次世代技術の調査・研究・実用化を通じた監査業務の高度化を目指し、AI不正検知モデルといったプロフェッショナルと協働してこれまでにない価値を提供するAI・アナリティクスの開発を進めています。トーマツでは、被監査会社に関連するニュースや市場情報の集約、競合会社との比較などを自動で行う「Audit Suite Knowledge」というツールを独自で開発し、使用していますが、ここで収集したデータをAI不正検知モデルにも活用することで、被監査会社の特性をより詳細に把握することができます。