新型コロナウイルスの感染拡大や、脱炭素化をはじめとしたサステナビリティの流れが加速する中で、ビルの価値やそこで生活する人々の在り方も変わってきている。スマートビルの第一人者である独立行政法人 情報処理推進機構の粕谷貴司氏と、NTTコミュニケーションズで、スマートシティの推進に携わる加地佑気氏に、デジタルツインの活用とその先を見据えた最先端の取り組みについて語っていただいた。
デジタルツインの本質はサイバーフィジカルシステム
――最初に自己紹介を兼ねて、現在の業務内容について簡単にご紹介いただけますか。
粕谷 貴司氏(以下、粕谷) 情報処理推進機構にあるデジタル・アーキテクチャ・デザインセンター(DADC)で、今年4月にスタートしたスマートビル・プロジェクトのリーダーを務めています。
スマートビルには様々な定義がありますが、関係者がバラバラにやっていると社会実装が阻害され、産業競争力が高まりません。業界としてスマートビルの協調領域を定めて、スマートビルの社会実装を推進し、産業振興を図ることを目的として活動を展開しています。スマートビルの協調領域である「デジタル・アーキテクチャ」を設計して、それを発信していくのが私の主な仕事です。
加地 佑気氏(以下、加地) NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)で、建設・不動産業界のお客さまの担当営業をしています。2年前に立ち上がりましたスマートシティ推進室も兼務しており、いろいろな業界のパートナーさまと連携して街づくりを推進しています。その中で、スマートシティ業界の団体活動を通した仲間づくりや、
NTT Comの建設・不動産業界での取り組みとしては、民間の開発事業者さまが進められる街づくりやスマートビルにおいて、特にICTインフラの部分を中心として担ってきました。昨今はICTインフラから取得したデータを活用して街に訪れる人々に寄り添ったサービスを提供するケースも増えており、インフラの提供だけでなく、データを集めて、それを解析して、価値につなげるような取り組みにもチャレンジしているところです。
――ここ数年、新型コロナウイルスの流行や脱炭素化社会へ向けた対応を踏まえ、オフィスやそこで働く人々の在り方も大きく変化しており、まさにスマートシティ、スマートビルとしての対応が注目を集めています。実際にどういった変化が起きていて、それに対してどう対応されているのですか。
粕谷 スマートビルが流行り始めたのはここ数年で、2020年ぐらいからゼネコンやメーカーがデータプラットフォームやビルOSという形で様々なプロダクトを発表しています。
業界のトップランナーのお客さまは、新しいビルにそうした機能や付加価値を求めていますし、ゼネコン側はスマートビルの提案ができないと、もはや生き残れなくなっています。それは建てる時だけではなくて、その後の運用も含めてです。しかしながら、まだまだコストが高止まりしていたり、提供価値についても定まっていないところがあるのも事実です。
そうした中で、脱炭素というのはスマートビルが目指すテーマとして非常に分かりやすいですし、他にも働く人たちの感染予防やウェルビーイング、エネルギーを含めた社会の調整要素としてスマートビルが持つポテンシャルは大きいと言えます。それを生かすには、テクニカル先行ではなくて、人間中心的なところでスマートビルを議論し、提言していくことが大事ですし、時代の要請にしたがって“あるべき姿”を再定義しながら、柔軟に対応していくことが問われているのだと思います。
加地 スマートビルには大きく2つの側面があって、1つは運用・管理をどうするかという法律にも関わる協調領域。もう1つは、エンターテインメントのような、来た人が喜ぶような付加価値の部分だと認識しております。粕谷さんはどちらの側面を優先して進めていくべきだとお考えでしょうか。
粕谷 我々が目指しているのは、運用とエンターテインメントの両方がビルの中のデジタルアセットとして最初からデザインされていることです。そうすれば、管理者も有用に使えますし、入居されるテナントの方々もうまく使うことができると考えています。
例えば今、XRのようなコンテンツをつくろうとすると、直接、業者がビルの中を計測して、企画・設計すると思いますが、すでにあるデジタルアセットを利活用することができれば、入居者はロケットスタートが可能です。それはエンターテインメントだけではなくて、普通の店舗もそうですし、オフィスでもそうできることが理想です。
今は建築中と竣工した後で、データやアセットが完全に分断されています。例えば、建設中もロボットがいっぱい動き回っていたりするのに、その環境を引き継ぐことができていません。Wi-Fiなどの通信環境もそうです。竣工後も、まだ使えるものとしてお客さまに委譲することができれば、社会の最適化を実現しますし、デベロッパーにとってはライフサイクルコストの低減にもつながります。
加地 スマートビルを時間軸で捉えて、生産側が、後工程も意識した形で、使われやすいデータの持ち方をしていけば、後ろ側でも自然と生かされていく。脱炭素の観点からも重要な話ですね。
ところで、スマートシティ、スマートビルの立場から、デジタルツインやメタバースについて、どう捉えていますか。
粕谷 BIM(Building Information Modeling)と呼ばれる3次元の形状データに属性などが紐づいて保存されたデータベースがあるのですが、これを使って、形状情報を3次元で表現したのが、建築分野のデジタルツインです。
ただ、そこで必要になるのは、単なる形状情報だけではなくて、具体的にその建物の中のアセットのデータを、まさにツインとして組み込んでおくことです。これはデータモデルと言ったりしますが、例えば、ここの空間の中にどれぐらいのセンサーが埋め込まれていて、どうしたら制御できるのかということを他の方々が分かるようにすることが重要です。そうしないと、サイバーフィジカルシステムができません。
サイバーフィジカルシステムは現実空間を模したVR空間だけではなくて、サイバーとフィジカルが結びついて、モニタリングをしたり、モノを制御したりすることが可能です。一方のメタバースは広大なバーチャル空間の中で新しい価値を創り込んでいくもので、デジタルツインやサイバーフィジカルシステムとはあまり関係がないという認識です。
デジタルツイン技術の標準化に向けたNTT Comの実証実験
――粕谷さまが所属するDADC(情報処理推進機構にあるデジタル・アーキテクチャ・デザインセンター)の取り組みや、その結果生み出されるであろう新たな価値についてお聞かせください。
粕谷 繰り返しになりますが、プロジェクトの目標は、サイバーフィジカルシステムを実現するためのアーキテクチャづくりです。そのためには、スマートビルの機能や生産プロセスを整理し、情報発信していくことが重要です。加えて、今考えているのは、スマートビルの業界団体を組成して、協調領域をつくり込んでいくことです。
私はこれまで、何十社とヒアリングしてきたのですが、課題となっているのはやはり技術者がいないこと。つまり、教育の問題です。これについても手を打っていかないといけないでしょう。また、認証制度の話もあります。海外では、スマートビルの認証制度があって、それによって賃料が上がるといった事例も出てきています。スマートであることを社会が受容し、テナント側は、それによって生産性が上がるといった認識もあり、そうした考え方を日本でも広めていきたいと考えています。
スマートビルの進展に伴い、デジタルアセットの利活用が進み、それによって、労働集約的なところを少しでもサポートすることができれば、国力の増強にもつながると考えています。スマートビルを社会的資本としてつくり込んでいくと同時に、スマートビルの概念自体もどんどんアップデートしていくことで、新しいビルを建てる人も、既存のビルを改修する人も、また、それらを利用する人々もみんなハッピーになっていく、そんな世界を描いています。
――NTT Comでも、デジタルツイン技術の標準化に向けて、東京大学グリーンICTプロジェクト(GUTP)と実証実験の取り組みがあると聞いています。これについて具体的にお聞かせください。
加地 スマートシティの実現に向けて、デジタルツインの構築はどうあるべきか。その仕組みづくりに関わりたくて、実証実験を行いました。
今回行ったのは、フィジカル空間とサイバー空間をどうつなげて、どう活用していくかという実証です。大手ゼネコンや設計事務所、当社のようなICT企業などが集まり、それぞれ得意な技術を持ち寄って、東京・田町のCROSS LAB for Smart Cityにデジタルツインをつくりました。具体的には、BIMデータを活用してデジタル空間を構築し、各種センサーから得たデータをそこに再現します。さらに、デジタルツイン上で動くデータを最適化し、実空間にアウトプットします。
NTT ComとGUTPは、実証実験において、実空間のロボットやビル設備システムなどをデジタル空間からリアルタイム制御する基礎的なアプリケーションの開発に成功しました。今後もデジタルツイン構築技術の標準化に向けて、さらなる議論と実証を進めていく予定です。
――最後に、お二人それぞれに今後の展望について伺います。
粕谷 スマートシティとスマートビルをどうつないでいくかが大きなポイントの1つです。ビル単体ではなく、いろいろなアセットとの連携を考えていく必要があり、そのためには、これまで以上に多くのステークホルダーとコミュニケーションを取っていかなければならないと考えています。
加地 社会インフラを提供してきた会社として、ネットワークだけでなく、都市OSやデータプラットフォームなどの提供を通じて、工場や働き方、教育、医療、都市などをつないで、様々な社会課題を解決するスマートワールドを実現できればと思います。
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