白ワイン用ブドウ品種『甲州』が世界に認められる日本の土着品種となった背景には、日本ワインを造った、そしていまも造り続ける人々の物語がある。今回は、現役で甲州ブドウを扱うプロフェッショナル、シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリー長 田村隆幸さん、シャトー・メルシャン ワインメーカーの丹澤史子さんへのインタビューも交えて、甲州ブドウと甲州ワインの歴史を紐解く。

取材・文=鈴木文彦 写真提供=メルシャン

甲州ブドウの畑

日本の土着ブドウ品種・甲州

 今回はいよいよ、甲州というブドウにまつわる話です。この、おそらく日本ワインでもっとも有名なブドウは、マスカット・ベーリーAとともに、O.I.V. (国際ブドウ・ワイン機構)という機関によって、ワイン用ブドウ品種として世界的に認められた日本固有の品種です。

甲州ブドウ

 現在の甲州と甲州ワインの生産地は、山形県の庄内地方、大阪府の柏原、島根県など……もあるのですが、圧倒的に、その名の通りに甲州、つまり山梨県です。

 なぜ、山梨県では甲州ブドウを使ったワインが造られることが多いのか? 今回、取材させてもらったシャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーにて、ワイナリー長を務める田村隆幸さんはこんな風に言います。

「甲州というブドウがすでにそこにあったから、というのが大きいだろうとおもいます」

シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーのワイナリー長を務める田村隆幸さん

 甲州というブドウは、およそ1300年前に、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方に起源となる種があり、それが、シルクロードを通って、日本に伝来したといわれています。もっとも古い記録では、奈良時代に山梨県勝沼町の「柏尾山 大善寺」で薬用として栽培されていたことが記されているそうです。

 その後も、山梨県勝沼町では、この甲州というブドウの栽培が続いていて、この連載の第2回(宮崎光太郎の功績、山梨勝沼が日本ワインの一大産地になった理由)で言及した、日本ではじめて民間のワイン会社といえる存在にして現在のメルシャンの源流「大日本山梨葡萄酒会社」が醸造をスタートさせた1879年に使われたブドウも、身近に豊富にあった甲州だったようです。

 さらに、現在シャトー・メルシャン勝沼ワイナリーで、仕込み統括という勝沼ワイナリーの仕込み時期の収穫と醸造の現場の責任者となるポジションにあたる、丹澤史子さんは

「他のブドウ品種と比べた場合、甲州は育てやすい、というのもあるとおもいます。ブドウの病気として代表的なべと病には実はそれほど強くないのですが、梅雨の長雨でブドウの粒が割れてしまうようなこともおこりにくく、兼業農家、つまり平日はサラリーマン、休みの日に果樹栽培、というような方にとっても、育てやすいブドウです」

シャトー・メルシャンのワインメーカー、2021年勝沼ワイナリーの仕込み統括 丹澤史子さん

 勝沼の地で1000年を越える年月、世代を重ねたことで、その環境に馴染み、甲州というブドウは日本の土着のブドウとなったのでしょう。しかも、現在、世界中で問題になっている温暖化についても

「確かに、温暖化による不安定な気候の影響がないわけではないですが、他の品種と比べると、甲州は安定しています」

 ちなみに、世界的に知られるワイン用ブドウのなかには、コーカサス地方を起源としている、とおもわれる品種は少なくなく、甲州ブドウもまた、日本では1800年代後半まで、酒として流通することはなかったとしても、分類的にはブドウ酒に向くとされるヴィティス・ヴィニフェラに属しています。