文=鈴木文彦 

家飲みの時間が増えている昨今。新しいお酒を探しているの方におすすめなのが日本ワインです。明治時代から始まった日本産のワインは、たゆまぬ努力と技術の向上により、レベルの高い仕上がりになってます。ワインとフランス文学のスペシャリスト鈴木文彦氏が、日本ワインの始まりから品種の魅力、おすすめのワインまで、数回にわたりご紹介いたします。

山梨県甲州市・勝沼の「甲州」の畑 写真提供=メルシャン

いまさら聞けない日本ワインって何?

 いま、日本ではワインの、生産量は年によって上下しますが、輸出量が増え、ワイン造りが盛り上がっています。ワイナリーの数は増える一方。2017年には300場弱といっていたのに、いまや400いくんじゃないか、とも言われています。国内ではワインのコンクールが大小さまざま開催され、国外の大規模なコンクールで高い評価を受ける日本のワインも登場してきている、というのが「日本ワイン」をとりまく現状です。

 日本ワインが世界的に評価されるのは、個人的にも納得で、品質の向上が目覚ましいと筆者は感じています。男子三日会わざれば刮目して見よ、という言い回しがありますが、日本ワインについていえば、たった1年でも、隔世の感があるほどワインのレベルが上がるワイナリーもあるほど。ブドウ樹から優れたブドウが採れるようになるまでには、少なくとも数年を要し、1年に1回しか造れないワインで、この速度は、奇跡でも起きているのではないか、とおもうこともあるほどです。

 これから、数回にわたって、日本ワインのお話をさせていただきたいのですが、もしも、数年前に日本ワインというのを飲んだけれど、ピンとこなかった、という方も、いまの日本ワインを体験してみてもらいたいと筆者はおもっています。

 

正式な施行は2018年

 しかしその前に、ビジネスパーソンの皆さんは、そもそも、日本ワインと言われてピンとくるでしょうか?

 日本ワインというのは、2015年10月に制定され、2018年に正式に施行された、わりと最近の呼称です。

 基本的には、日本で育てられたブドウを使って、日本で醸造したワインが日本ワイン、国外から輸入した果汁で日本で造ったワインはそこには含まない、と理解しておけば、問題はないかとおもいます。

 ちなみに日本ワインの時点で、ブドウの収穫地、品種名、収穫年が同じものを85%以上使っていれば、ラベルにそれらを表示できます。

 そこで、初回の今回は、品種の細かい話などは今後するとして、まずは、日本ワインを代表するワインを、日本ワインを代表する品種、マスカット・ベーリーAと甲州のふたつから、ご紹介したいとおもいます。

 

川上善兵衛が開発「マスカット・ベーリーA」

 マスカット・ベーリーAは、川上善兵衛という人物によって、気の遠くなるようなブドウ品種の掛け合わせの末、1927年に品種交雑によって生み出された赤ワイン向けの黒ブドウ品種のひとつです。筆者、オーストラリアに巨峰でワインを造っている造り手がいることは知っているのですが、マスカット・ベーリーAは、日本のもの以外で使われたワインを見たことはありません。

68歳の川上善兵衛 写真提供=岩の原葡萄園

 マスカット・ベーリーAで造られたワインには「フラネオール」というストロベリーにも含まれている同じ成分を持っており 、ストロベリージャムのような甘い香気を放つのが特徴、とされています。このストロベリーっぽい香りをどう使うのか、ここに造り手の個性があらわれます。

マスカット・ベーリーA 写真提供=岩の原葡萄園

 タンニンは強くない、とは言われているのですが、このあたりもテクニック次第。日本では、本当に多くのワイナリーがマスカット・ベーリーAのワインを造っているので、造り手の個性がよくあらわれる品種です。赤ワインが基本ですが、ロゼ、スパークリングも造られています。

 色々、飲み比べてみていただきたいのですが、今回は、マスカット・ベーリーAのメートル原器として、川上善兵衛が創始したワイナリー、岩の原葡萄園の「深雪花 赤」をオススメいたします。

「岩の原葡萄園 深雪花 赤」2219円 お問い合わせ先=岩の原葡萄園(https://www.iwanohara.shop/

 

古来、日本にやってきた「甲州」

 そしてもうひとつが、甲州。この品種は、確かなことはわかっていないようですが、ヨーロッパ原産で、奈良時代から平安時代のどこかで、シルクロードを通って、日本にやってきたブドウのようです。ブドウは、栽培されている場所に適応していく植物なので、この品種は、すでに日本の固有品種、といっていいものです。この品種からは基本的には白ワインが造られます。とはいえ、甲州は長らく、ワインに向いていない、といわれていた品種でもあります。

甲州 写真提供=メルシャン

 というのは、香りがない、とされていたからです。これをなんとか出来ないか、と立ち上がったのがメルシャンでした。

 メルシャンは甲州を研究するなかで、偶然、といわれていますが、試験醸造していたワインのひとつから、柑橘系の香りを発見します。分析の結果、甲州には、柑橘系の香りが出ることで知られるブドウ品種、ソーヴィニヨン・ブランと同じ成分が含まれていることがわかりました。

 ところが、この香りをブロックしてしまう成分も含まれていたのです。甲州に香りがない、と言われていたのは、それが理由でした。そこから、栽培方法の見直し、酵母の見直し、温度や酸素との接触を減らすための工夫などがなされ、2005年、「シャトー・メルシャン 甲州きいろ香 2004」が発売されました。

 これ以降、この甲州から香りを引き出す技術は公開され、現在、甲州は日本ワインを代表する品種となっています。というわけで、甲州を試すには、筆者、まず、甲州の原点、「シャトー・メルシャン 甲州きいろ香」をオススメいたします。

「シャトー・メルシャン 玉諸甲州きいろ香」2400円(税別) お問い合わせ先=メルシャン(https://www.chateaumercian.com/

 

日本ワインの産地・山梨県

 甲州は基本的には山梨県のブドウです。そして、山梨県は、日本で一番はやく、原産地呼称という制度で国際的に保護された、ワインの産地です。

 たとえば、フランスにはシャンパーニュとかボルドーとかブルゴーニュとかいったワインの産地がありますが、この原産地名は、単に、地名を書いているだけのものではありません。これは、国際的に保護された、品質を保証する規格です。

 定められた地域で育てられたブドウのうち、認められた品種のブドウを、定められた分量以上使い、定められた方法で醸造・熟成して初めて名乗ることができるものです。ブルゴーニュで育ったブドウを使って、ブルゴーニュでワインを造りました、といっても、それだけでブルゴーニュワインとラベルに書いて売っていいわけではないのです。

 日本では、GI(Geographical Indication)というのがこれに相当します。2013年7月に、日本ワイン初の地理的表示「GI Yamanashi」が、国税庁告示により指定されています。現在、山梨県のほか、北海道で、そして、長らく、GIに名を連ねてくると目されていた長野県が2021年6月30日に清酒とワインで、また、生産量第4位を誇り、ワインの評価も高い山形県、さらには大阪府が、長野県と同時に、ワインでGI指定されました。

 もちろん、ワインの良し悪し、選択基準は、原産地呼称だけで決まるものではないのですが、世界に打って出るとなれば、この程度の制度はあって然るべきでしょう。ワインというのは地酒です。ワインがなければ誰も知らなかったような小さな村、というのだって世界にはたくさんあるのです。

 

よりミクロに、複雑になるワインの魅力

 地酒がもてはやされることで、それが誇りとなり、また、経済的に潤う。そうして、よりミクロに、複雑になっていくのが、ワインの面白さです。どこそこ村の誰々が管理している畑の、なになにというブドウで、誰それが造ったワインの2018年が素晴らしい、などという会話が、地球の反対側でなされる。そんなこと言われたって、知らないよ、という意見はごもっとも。ウンチクなどといって嫌う人もいるでしょう。しかし、ワインとはそういうものです。

 筆者が、海外のとある小さなワイナリーで、日本で飲んだあなたのワインが僕はすごいとおもって、あなたに会ってみたかった、といったら、そのワインの造り手のおじさんは、目をまん丸くして、こんな小さな村の俺のワインを日本で飲んだのか!と泣きそうになっていました。この方、それなりに有名で、日本人の弟子までいるのですが。

 だから、筆者が、この造り手から直接手渡された2012年のワインをいまも大事に保存してる、と言っても、この人はそれが嬉しいんだろうな、とそっとしておいてください。

 日本ワインから話がそれましたが、日本のワインにも、そんな将来が訪れることを、筆者は期待しています。そして、次回は、甲州の故郷、山梨県のメルシャンの話をさせていただきたいとおもいます。