文=鈴木文彦 イラスト=ナガノチサト
ワインとフランス文学のスペシャリスト鈴木文彦氏が、私たちの〝今の気分〟にぴったりの1本を教えてくれる本連載。第4回目は、ワインにおける「ヴィンテージ」の概念について優しく教えてくれた。
今回の質問者
「時計やカメラ、ジーンズなど、最近ヴィンテージアイテムの蒐集に夢中です。とくればワインもヴィンテージに挑戦してみたいのですが、初心者でもわかるように教えてもらえますか?」(40代男性・アパレル業)
ヴィンテージワイン=古いワインではない
ヴィンテージウォッチ、ヴィンテージカー、ヴィンテージカメラ、ヴィンテージジーンズ……。ヴィンテージという言葉は「古くて希少な」という意味に受け取りがちではないでしょうか。だからヴィンテージワインと聞くと、どこそこの1989年もの、など、愛好家がセラーから大切に取り出してくる、何年も熟成された高級なワイン、とおもいがちではないかとおもいます。
それは間違いではないのですが、ワインの世界では、ヴィンテージという言葉は、むしろ別の意味で使われています。というよりもこの言葉はそもそもワインの用語なのです。
ヴィンテージという言葉はフランス語でブドウの収穫を意味するヴァンダンジュから来ています。そして、ワインで言うヴィンテージとは、そのワインに使われているブドウは何年に収穫されたものなのか、を意味します。ちなみに、フランス語では、収穫年を意味するヴィンテージのことはミレジムといい、ヴィンテージが記されている、という意味でミレジメという言い方もされます。
ブドウは1年に1度収穫されます。そして、そのブドウの果汁を絞り、発酵させてワインは造られます。日本的にいえば味噌とか醤油のようなもので、こういう造り方をすれば、ワインは必然的にヴィンテージワインです。世の中にある多くのワインが、ラベルに、何年と、収穫年が書かれたヴィンテージワインです。
ご質問にあるようなヴィンテージワインは、おそらくそういう意味ではないかとおもいますが、愛好家は、ブドウの出来が特によかった年や、特徴的だった年のワインを複数本買って手元で保管し、飲み頃を楽しみに待っていたりします。そうして年月を経たワインが、むしろ、ヴィンテージワイン、として認識されているのではないか、とおもいます。
ところで、2年前の味噌と1年前の味噌と今年の味噌を混ぜる、ということがあるように、ワインにも複数のヴィンテージをまたいでワインを混ぜ合わせたものもあります。これをノンヴィンテージといいます。また、造りたいワインのヴィジョンがあって、複数のヴィンテージを組み合わせた、という意味を強調するため、マルチヴィンテージなどという言い方を選択する造り手もいます。
シャンパーニュに見る、ヴィンテージとノンヴィンテージ
ノンヴィンテージをもっともよく見るのがシャンパーニュです。シャンパーニュの現在もっともスタンダードなワインはブリュット NV。このNVがノンヴィンテージの頭文字です。
シャンパーニュは、完成したあと、ワインに蔗糖(しょとう)などをくわえた甘いリキュールを添加して糖分を補うことで、味わいのバランスをとるのですが、シャンパーニュ1リットルあたりに、この糖が12グラム以下になる分量だった場合、これをブリュットと呼びます。現在のシャンパーニュでは、だいたい10g以下が普通で、つまりブリュットが一般的です。参考までに炭酸入りの甘いソフトドリンクはだいたい1リットルあたり100g程度の糖分が入っています。
そしてシャンパーニュは、同一収穫年のブドウであっても、畑違い、品種違いで複数のワインを混ぜ合わせて造る構築的なワインであることも特徴なのですが、さらに、収穫年が違うワインを造り手が保存しており、それらも組み合わせることで、さらに味わいに複雑さをもたせることが多くあります。ブリュットは、その造り手の顔ともいえる商品で、量と品質の両面の安定のため、ノンヴィンテージが選択されることが一般的です。
一方、同じシャンパーニュでもヴィンテージとなると、その年の個性を表現することに力点が移ります。こちらは同じ名前のシャンパーニュでも、年によってどんな味わいを表現するかは変わり、それをいつリリースするか、も造り手次第です。たとえば、ヴィンテージシャンパーニュだけを造ることで有名な「ドン ペリニヨン」は、2017年に2009年ヴィンテージ、2018年に2008年ヴィンテージ、2020年に2010年ヴィンテージをリリースしています。リリースの順番とヴィンテージの順番が必ずしも揃うわけではないのです。そしてそれぞれに、独特の個性があります。同じ年は2度ないため、愛好家に高く評価されるヴィンテージのワインは、高級化しがちです。
ヴィンテージによる差
ヴィンテージワインでは、赤ワインのほうが、白ワインよりも、長い時間、造り手が熟成させてから発売するのが一般的です。
たとえば、ボルドー最高の造り手のひとつ、シャトー・ムートン・ロスチャイルドの造る、もっとも手軽な価格で買えるワイン、ムートン・カデは、白ワインが2018年ヴィンテージならば赤ワインは2017年ヴィンテージ、と、最新のヴィンテージでも、白と赤でヴィンテージの差があります。
ヴィンテージごとの個性の差とともに、熟成もまた、ワインの味わいに影響します。赤ワインのほうが、白ワインよりも、熟成期間は長くとられがちです。熟成がワインになにをもたらすのかは明確な答えを言いづらいものですが、ワインは、樽やタンクの中で瓶詰め前にも熟成され、また、瓶詰め後にも、造り手や消費者の手元で、熟成されることがあり、このワインはあと2年してから飲みたかった、とか、真の飲み頃は25年後だろう、などといった予言めいた言葉もワインの世界では、比較的抵抗感なく受け入れられています。酸味や渋味は若いワインのほうが鮮烈で、熟成することで角がとれて丸くなる、というのが概ねの傾向です。そこから、そもそも渋味が少なく、活き活きした酸味を楽しみたい白ワインは、早めにリリースされがちなのです。
とはいえ、これらはもう、好みの問題でもあって、何年のどこそこは当たり年ではない、と一般的にいわれていたとしても、それが好み、という人もいますし、長期熟成したらワインが美味しくなる、というような単純な話でもありません。造り手も、あと何年後が飲み頃、と熟成を前提として造るワインもあれば、比較的すぐに飲んでもらいたいとおもって造るワインもあり、すぐに飲むべきワインを何年もおいておいたら逆に、美味しくなくなってしまう可能性もあります。また、大量のワインを売りもせず、自社に保管しておくのも限界があるという事情があるにしても、造り手は、基本的には発売後すぐ飲んでも美味しいようにワインを造っています。
ワインによっては、各年の評価、飲み頃が公開されていたり、この年はこういう傾向でこのぐらいで飲むと良い、というヴィンテージチャートが公開されていたりします。ただ、これらからわかるのも、一般的な傾向でしかありません。ワインを飲む際は、それが一期一会の経験であろうと考え、また同じワインに再会できた際には、運命を感じてもいいかもしれません。
今回は長くなってしまいました。最後に、筆者がヴィンテージが楽しめそう、とおもう2本を紹介して、このページをおわりたくおもいます。
ポメリー
キュヴェ・ルイーズ
カステッロ・ディ・アマ
サン・ロレンツォ
キャンティ・クラシコ
グラン・セレツィオーネ 2015