文=鈴木文彦 イラスト=ナガノチサト

ワインとフランス文学のスペシャリスト鈴木文彦氏が、私たちの〝今の気分〟にぴったりハマる1本を教えてくれる本連載。第1回目は、お籠り生活をたのしく過ごすためのワインをご紹介しよう。

 

今回の質問者

「最近は自宅でリモートワークの日々で、昼間から妻と乾杯! おかげでワインの消費量がすっかり増えてしまいました。リーズナブルで気軽にたくさん飲めるワインを教えてください」(30代男性)

 

 美女とお昼から乾杯!? 羨ましい。筆者は昼間、この原稿を書く仕事しておりますよ。そして、ワインをたくさん飲んでくれてありがとうございます。せっかくのチャンス。ちょっとワインの勉強もしてみてはいかがでしょう。場数を踏むことで、理解が深まり、面白くなる。これはワインにも言えることですから。

 

リーズナブル=大量生産?

 リーズナブルな価格を実現するには、大手の生産者や、ある程度の規模がある生産組合が、それなりに広い範囲からブドウを仕入れて、ある程度の量をまとめて造らなくては難しいものです。大手のワイン、特に同じ会社のワインを色々と飲み比べるのは、これはこれで、発見の多い経験となり、おすすめではあるのですが、これでは「気軽にたくさん飲めるワイン」というところには完璧には対応しきれていないようにおもいます。昼からでも「気軽にたくさん飲める」のであれば、アルコール度数が高くない、あるいは、あまり難しくなく美味しいワインがよいはず。

 

「テロワール」とは?

 そして、それに加えて、ワインの醍醐味である、その土地、その土地の個性も十分に味わっていただきたい。ワインはボトルに詰められた、土地の記憶。ワインの世界では、テロワールとかセンス・オブ・プレイスという言葉を使います。気候条件、土壌によって、適切な品種や育て方がちがい、それがワインの個性になる、という考え方です。さらに、造る人の思想、味覚、趣味にもワインは左右され、これも広義にはテロワールに含まれます。

 大手がそれなりの量を造るワインにテロワールが表現されてない、とは決していえませんが、傾向としては、栽培地域や品種を限定し、造り手が手間暇をかけたほうが、より表現されやすいものです。小規模ワイナリーがたくさんある、フランスのブルゴーニュ地方などは、ワイナリーは歩いてほんの数分の距離、ブドウ畑は隣り合っている、などという、ほとんど同じ条件のワイナリー2軒でも、出来上がったワインの味が全然ちがう、ということだっておこります。とはいえ、こういうワインは小規模な生産で、日本で見つけようとすると、なかなか見つからなかったり、見つかっても高価な場合がおおいのは事実です。

 

日本ワインのすすめ

 なにかよいワインはないものか。ポルトガルの「ヴィーニョ・ヴェルデ」か。オーストラリアの南方のワインもいい。しかし、初夏の青空をながめつつ、大分県「安心院葡萄酒工房」のシャルドネ(約3,000円)を飲みながら考えるに、日本ワインはいかがでしょう。

 フランスにいくとフランスのワインが安い、などという経験、したことはないでしょうか。 これは、日本の輸入業者が中間マージンで暴利を貪っているからではなく、ワインを移動するのに、たくさんのコストがかかるからです。ゆえに、生産現場に近いほど、安くて美味しいワインが飲める可能性が高いのです。ここ、日本であれば、それは日本ワインです。

 日本ワインというのは、日本のブドウを日本で醸造したワインのことです。日本にはおよそ300軒のワイナリーがあり、都道府県でみると、ワイナリーが一軒もない県は、奈良県と佐賀県のみ、だそうです。そして、日本のワイナリーは、そのほとんどが小規模で、テロワールが表現されたワインがたくさんあります。

 

日本ワインは技術と努力の結晶

 さらに、ヴィティス・ヴィニフェラと呼ばれるグループに入る、伝統的にワイン用のブドウ品種(カベルネ・ソーヴィニヨンとかシャルドネとか)のほか、ヴィティス・ラブルスカというグループに入る、生食用のブドウから造られたワインが多数あることも日本ワインの特徴です。コンコードやデラウエア、ナイヤガラ、などがそれです。また、「岩の原葡萄園」の始祖であり、日本ワインぶどうの父でもある川上善兵衛氏(1868年 - 1944年)が開発した、マスカット・ベーリーAやブラック・クイーン、1100年代から日本に存在するともいわれる甲州など、日本ならではの品種もあります。

 日本は、もともと、ワインには向かないとされていた品種や、日本の環境では難しいとされていた品種、世界的にも珍しい品種を、技術と努力でワインにしています。自動車文化がなかったのに自動車大国になってしまった日本らしさを感じます。

 アルコール度数も低めで、味わいも軽やかなことがおおいので、今回の質問の条件にぴったりあった上で、勉強にもなる。日本であれば、栽培地もイメージしやすいですし、造っている人はお昼にオムライスとかカレー南蛮を食べている人です。日本の味覚に合います。

 外出が憚れるいまだからこそ、ボトルに詰まった土地の記憶を味わうことで、旅した気分になれる日本ワイン。今回はこれをおすすめ申し上げます。

安心院ワイン シャルドネ イモリ谷

価格3,200円
お問い合わせ先
安心院葡萄酒工房
TEL 0978-34-2210
メール club-wine@kokuzo.co.jp
オンラインショップ  http://www.ajimubudoushukoubou.com/
HP  http://www.ajimu-winery.co.jp/

安心院町松本地区、松本川に沿って広がる谷はイモリが四肢を広げた形状に似ているためイモリ谷と呼ばれる。この地区で栽培されたシャルドネを樽発酵し、酵母とともに樽熟成した白ワイン。味わいはグレープフルーツのような柑橘の爽やかさに、洋ナシのようなニュアンスが加わる。樽の主張は強くないが、深みと複雑さを、余韻にいたるまで与えている

岩の原葡萄園 有機栽培ぶどう マスカット・ベーリーA2017

価格4,950円
問い合わせ先
株式会社 岩の原葡萄園
〒943-0412 新潟県上越市北方1223番地
TEL:025-528-4002
URL:https://www.iwanohara.sgn.ne.jp/

日本ワインぶどうの父、川上善兵衛氏の生み出した品種のみで造る、岩の原葡萄園産ブドウ100%のプレミアムシリーズに属する。有機栽培のマスカット・ベーリーAを果実に付着した自生酵母のみで発酵させるという、テロワールを表現した作品。岩の原葡萄園は価格の手頃なものから高価格帯まで、幅広いラインナップを誇る。いずれもオンラインショップで購入可能