文=鈴木文彦

今回試したエゴン・ミュラーのワインの一部。左からスロバキアでエゴン・ミュラーが造る「シャトー・ベラ」、エゴン・ミュラーのエントリーワインといえる「シャルツホーフ」、中辛口の「シャルツホーフベルガー カビネット」の2018年、同2007年、そして「シャルツホーフベルガー シュペートレーゼ」の2018年。2018年のエゴン・ミュラーを2020年に飲んでしまう、というのは珍しいことだ。日本では2014年、ワインとしては2010年ヴィンテージから、アンリ・ジロー ジャパンが独占的に輸入している。

 高級なワイン、というと自然と赤ワインを思い浮かべないだろうか。しかし、ドイツには、「白ワインのロマネ・コンティ」などと俗に言われ、びっくりするほど高価でオークションをにぎわせるワインがある。

 それはリースリングというブドウ品種から造られ、栽培地も特別ならば、造る人も特別だ。アルコール度数は10%程度と軽く、甘口である。

 筆者はエゴン・ミュラーのことをここで話題にしたいとおもっている。というのは先だって、エゴン・ミュラーの、エゴン・ミュラー4世が来日したおりに開かれた、エゴン・ミュラーのワインを飲みながらのディナーなるプレス向けの催しに呼ばれたからだ。

この人物がエゴン・ミュラー4世。

 しかし、筆者の周囲にいるリースリング好き数人に話してみたところ、「エゴン・ミュラー?」とそもそも、「知らない」という人がそれなりの割合でいることを知った。

 皆さんはご存知だろうか。

 ドイツワインは独特のルールと格付けをもっている。ブドウの栽培地として、ドイツは北限といっていい産地のひとつだ。エゴン4世の畑がある、モーゼル地方ザール地区であれば、シャンパーニュの中心地のひとつにして、シャンパーニュ地方のなかでは北にあるランスよりもさらに北だ。最近は温暖化の影響で、もっと北でもワイン用のブドウが育てられるようになってきたけれど、それでもこのあたりは、ワインとしてなりたつほど熟したブドウがとれる限界緯度の産地だ。

 この地域では、伝統的にはブドウの収穫は10月の半ばになされていた。フランスだとこれが伝統的には9月だから、1月ほど遅い。

 ワインはブドウが熟すことでうまれる糖分を、ブドウの皮などについた酵母(イースト菌)が食べることで、アルコールと炭酸ガスへと変え、そのうち、炭酸ガスは空気中に拡散させてしまい、アルコールを残すことで造られる。原則的には、ブドウに糖分が多いほど、しっかりとアルコールへと変じ、ちゃんとしたワインになる。このため、ブドウはよく熟していることが望ましい。しかし、環境によっては十分に熟さない、あるいは熟すけれども腐ってしまう、などする。北方になると、冷涼さゆえに、熟すのに時間がかかる。あるいはそもそもブドウを熟させることが困難になる。

 しかし、その困難を克服することで、独特なワインが、数は決して多くはないけれど生まれる。エゴン4世の言葉も借りれば、ブドウは色がついてからアロマが発展していく。冷涼な地域だと色づきのタイミングも遅く、日照も弱い時期にブドウが熟成する。活発な光合成は行われないから、果実の熟成はゆっくりと進み、その間に、複雑な香りと味わいを蓄積し、それがワインにも反映される。もちろん、長い時間、樹になっている、というのは、途中でダメになってしまうリスクも高い。

 弱い日照のなかで、長い時間、樹になって、果実自体の糖分でワインになれるほどに熟す、というのが難しい産地であるがゆえ、ドイツワインの等級では、そういうことができる限られた地域であること、そして、果汁の糖分量が格付けの要素になる。

 ドイツの高級なワインはQ.m.P.というカテゴリにはいり、このなかで、糖分量の指標からさらに、6等級に分類される。

 糖度の低い順から、カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼ、ベーレンアウスレーゼ、トロッケンベーレアウスレーゼ、そしてアイスヴァイン。最後のアイスヴァインは、ちょっとこのなかでは、毛色がちがっていて、いわゆるアイスワインだ。これは自然に氷結したブドウを使う。そもそもブドウが凍結するほど寒い地域でしか造れず、また、冬まで樹にならせて待つ必要もあるので、実際上はドイツ、ドイツと隣接するルクセンブルク、そしてカナダでしか造れない。これを例外とすると、ベーレンアウスレーゼは、粒ごとで選りすぐり、その粒には貴腐菌がついていることもある、というもので、トロッケンベーレンアウスレーゼは、基本的には貴腐菌が強くついて、干からびた粒を選んで原料としたものになる。

 そして、ドイツの高級ワインは、こうして苦労して得られた甘い果汁のアルコール発酵を途中でとめて、甘さを残すことで、甘口のワインとする。

 もちろん、ドイツでも、単に糖度を上げるだけであれば、多少とも難易度を下げることができる産地や品種はある。今回話題にしたいエゴン・ミュラーの評価が高いのは、こうして完熟していながら、あるいは過熟ですらありながら、単に甘いだけではなく、酸味のバランスもよく、長い年月をねかせることでさらに深み増す飲料を、リースリングというブドウから生み出す人と畑があるからだ。まさに針に糸を通すがごとくの自然と人間の技の成果であるワインは、愛好家たちが、コレクターが、情熱的に求める逸品だ。

 そういうエゴン・ミュラーの頂点にして、世界の白ワインのひとつの頂点のワインを生み出すのは、シャルツホーフベルクというリースリングの畑。ドイツでも、例外的に畑の名前だけをラベルに表記するのでよいと認められた5つの畑のひとつで、そのなかでも、エゴン・ミュラーのシャルツホーフベルガーとつくワインは、最良といわれる8,5ヘクタールの部分で栽培されたリースリングを使う。代々、エゴン・ミュラーという名を受け継ぐ一族が、この畑を管理し、幻みたいなブドウをワインにして今に伝えている。

エゴン・ミュラーのワイナリーを丘のブドウ畑から望む

 そう、エゴン・ミュラーというのはワイナリーの名前であると同時に、畑の管理人、ワイン醸造家の名前でもある。現在はエゴン・ミュラー4世が当主をつとめている。彼の父親はエゴン・ミュラー3世だ。

 若かりし頃には世界中でワイン造りに携わり、父のあとを継いだ。

 筆者はかつて、とある大層なワイン好きに、なぜ、いまこの時代、ワイナリーに生まれた子供は、世界中の名品といわれるワインを味わい、世界のワイナリーで武者修行のようにワイン造りを学んでもなお、自分の生まれ育った土地で、代々続くワインを受け継いでいくのだろう、と疑問を口にしたことがある。するとそのワイン好きは、それがテロワールなんだ、と答えた。テロワールという単語はフランス語で土地を意味するけれど、それは単に土地だけの問題ではない。その土地で育つということは、その土地に生きる人たちの社会で、その土地に降った雨で育った食材を、その土地の調理法で食べ、その土地の言葉で話し、遊び、学ぶこと。人もまたテロワールの作品で、そして、ワインの造り手の子供は、造り手のワインと同じように、その造り手の作品なのだ。だから、いずれは自らのテロワールに立ち返るのだ、とその人物は言ったのだった。

 筆者は、その人生の先輩でもある人物の言葉を、そういうものなのか、と心に留めたのだけれど、エゴン4世にも同じ質問を問いかけてみた。父のワインを継ぐことに、抵抗感などはなかったのか、と。するとエゴン4世はこう言った。

 「なんの抵抗もありませんよ。自然にこうなりました。なにせ、子供のころから遊ぶといえば、ブドウ畑やそのまわり。周囲に同じような境遇の子供がいるわけでもないので、ブドウ畑やワイナリーで働く人の子供たちと一緒に遊んでいました。私は子供のころから、ブドウ畑の一部だったんです。将来なにをするのか、などといった自問をすることもなく、本当に自然と、この仕事をするようになりました。実はいま、19歳の息子、エゴン5世がいるのですが、彼も、私とおなじような感じです」

 むしろエゴン4世は、何かを変えよう、ということを変化病とも呼んで警戒する。

 「私は、ワイン造りを学んでいた若い頃に、日本にきてワイン造りの現場を体験したこともあります。もちろん、日本のワイン造りは私のワイン造りの参考にはなりませんでした。なにせやり方が全然ちがいますからね。ただし、長年かけて磨き上げられたやり方を、変えるのはリスクのあることだ、というおもいは強くなりました。ほんのちょっとの変化で、全体が崩れてしまう、ということは、ありうることです。ドイツでは30年周期くらいで、ワイン造りになんらかの変化が起こります。ちょうど、世代の切り替わりのタイミングとそれが一致するんです。ただ、そうして受け継ぐものを変化させるのが、よいことだ、とは私は必ずしもおもいません」

 実はこのときのディナーで、最初にだされたワインはスロバキアのシャトー・ベラというワイナリーのワインだった。これは、エゴン4世の夫人が所有するワイナリーだ。共産主義時代、民間のブドウ畑、ワイナリーが国家に没収され、その後、1999年に、地方自治体が、これをもともとの所有者の家族にコンタクトし、再譲渡した。しかし、このときすでに、ワイン造りの設備はなく、また、満足にワイナリーをやっていくだけの資金もなかった。ワイナリーの栽培・醸造家も、共産主義時代以前の、このワイナリーのワインは知らなかった。そこで、エゴン4世に助けをもとめたそうなのだけれど、エゴン4世はここでリースリングが育てられていることを知り、リースリングでワインを造った。

右がシャトー・ベラ。以前、このワイナリーがどんなワインを造っていたかは誰もわからないので、エゴン・ミュラーが0からつくりあげた。左はシャルツホーフ。Q.b.Aという分類にはいり、シャルツホーフベルクの近隣でエゴン・ミュラーが持つ畑のブドウを基本的には使う。シャルツホーフベルガーが特級畑なら、シャルツホーフベルクは一級といったところ。中辛口のリースリング。

 もちろん、環境が全然ちがうから、シャトー・ベラのリースリングは辛口だ。だけれど、エゴン・ミュラーのワインとおなじ哲学で造られていると感じた。冷涼な産地の、軽快なワインがもてはやされる昨今だけれど、売れそうだから、とか、いま流行っているスタイルだから、とかいった発想ではなく、エゴン・ミュラーであれば、こういうワインを良しとする、という発想で造られているのだと感じさせる。

 「私はリースリングしか知りませんから」

 とエゴン4世は言った。エゴン・ミュラーのワインがオークションなどで驚くほどの高額で取引されていることについては

 「父も言っていたことですが、専門家のどんな高評価よりも嬉しいのは、エゴン・ミュラーのワインが市場で評価されることです。私は素直に、エゴン・ミュラーのワインがそういう存在であることを誇りにおもっています」

シャルツホーフベルガー カビネットはもっとも手に入れやすいシャルツホーフベルガー。若くして飲めば、はつらつとした果実のさわやかさと、完熟したブドウの濃密さから、いかに優れたブドウを、その個性を生かして醸造しているのかが、わかるとおもう。それを味わいたければ若く、深みを増し、より情報量の多いワインを求めるならば熟成して楽しむとよい。左は2018年と2007年。右はシュペートレーゼ。単に甘いわけではなく、ピンとした酸味とのバランスが見事。

 エゴン・ミュラーのワインは高い。特に、年代物のトロッケンベーレアウスレーゼなどは仰天するほどに高価だ。だけれど、シャルツホーフベルクのカビネットでも、あるいは、シャルツホーフでも、あるいはシャトー・ベラでも、エゴン・ミュラーの偉大さ、その唯一無二の個性は感じられるとおもう。もしも、あなたが、エゴン・ミュラーに出会ったことがないならば、一度は試してみてほしい。