大谷 達也:自動車ライター

デルタウイングではない12チリンドリ
ポルトガルの、眩しいばかりの陽光を浴びながら、フェラーリ12チリンドリ・スパイダーは美しい輝きを放っていた。

フロントにV12エンジンを搭載する12チリンドリは、ロングノーズ・ショートデッキの典型的なクーペフォルムに仕上げられている。率直にいえば、クルマの構成上、そうならざるを得なかったというべきだが、おかげで世の中には12チリンドリ以外にもロングノーズ・ショートデッキのクーペがゴマンと存在している。しかし、それらと見分けがつかないデザインとすることなど、誇り高きフェラーリ・チェントロ・スティレ(イタリア語で「デザインセンター」のこと)のメンバーに受け入れられるはずもなかった。
そこでフラヴィオ・マンゾーニに率いられたマラネロのデザイナーたちは、高い位置からルーフ周りを見下ろしたときに、まるでVとTの文字がブラックのガラスで描かれているような大胆なグラフィックを採用。これをデルタウィング・コンセプトと称し、12チリンドリ“クーペ”のデザイン上の見どころとした。これは、古典的なロングノーズ・ショートデッキのプロポーションに新しい息吹を吹き込むモチーフとして、「さすが」と感心させられるアイデアだった。

しかし、ルーフが開閉できるスパイダーでは、ルーフが開閉するため、デルタウィング・コンセプトをクーペと同じ形で展開することができない。さて、どうするか。
先に答えを言ってしまえば、12チリンドリ・スパイダーにデルタウィング・コンセプトに相当する大胆なアイデアが新たに投入されたわけではない。それでも、緻密に計算し尽くされたプロポーション、彫刻を思わせる美しい抑揚を備えたボディーパネル、そしてキャビン後方に設けられたふたつのフェアリングを始めとするディテール処理などにより、一切の緊張感を失うことなくクーペとは別物の美しさを表現することに成功している。結局のところ、ベースとなるダシがうまければ、どんな素材、どんなソースと組み合わせても「うまい料理」に仕上がるのと同じ理屈なのだろう。

軽量変形機構
では、12チリンドリ・スパイダーのハードウェアは、コンバーティブル化によってどのような対応が必要となったのか。

12チリンドリ・スパイダーのリトラクタブル・メタルトップは、4本の電動油圧ポンプを用いて開閉される。そのメタルトップの折り畳み構造をできるだけシンプルにすることでコンバーティブル化に伴う重量増を最小限に抑えたとフェラーリは説明する。また、布製のソフトトップではなく、金属製のメタルトップとしたのは静粛性や耐候性を考慮した結果だったとのこと。これもまた、6000万円を越える超高級スポーツカーとしては当然の判断といえるものだ。
いっぽう、コンバーティブル化に伴って低下が懸念されるボディー剛性は、サイドシルの強化によって補ったという。サイドシルというのは、フロアの左右を前後に伸びる柱のようなもので、その補強によりボディー構造は10kgほど重くなったという。いや、10kgの重量増で済んだというべきだろう。
ボディー構造の強化がわずか10kgで済んだ最大の理由は、12チリンドリがアルミ製スペースフレーム、つまりアルミのパイプで組んだ骨格を基本とするボディー構造を採用している点にある。これが、乗用車に広く採用されているモノコック構造であれば、補強に伴う重量増はこれよりもはるかに大きかったはず。なぜなら、よくタマゴの殻にたとえられるモノコック構造は、その一部が欠けるだけで大きく剛性が損なわれるからで、これを補強しようとすると数10kg単位の重量増は免れない。アルミ製スペースフレーム構造を採用したメリットは、ここにもあったというべきだ。

サスペンションセッティングはクーペと同じ
結果として12チリンドリ・スパイダーの車重はクーペ版の12チリンドリに対して60kg重くなっただけという。オトナひとりが乗っているかどうかの違い、と言い換えてもいいだろう。そこでフェラーリは、サスペンションに用いられるスプリングやダンパーのセッティングに、クーペ用とまったく同じものを用いるという大胆な手法を採用した。
スプリングやダンパーの仕様は、車重の増減に伴って調整するのが一般的。今回、それを敢えて変えなかったのは、クーペとの車重差が小さかったことが第1の理由。さらにドライビングダイナミクスを担当したエンジニアは、こんなふうにも説明してくれた。
「オプションでシートの仕様を変えるだけでも60kg程度の重量差は生まれます。もちろん、助手席に人が乗るかどうかの影響も大きい。そこで、そういった重量の変化に影響されにくいサスペンションのセッティングとしました」

そうした影響がどれほどのものなのか。ポルトガル西部の一般道と高速道路で確認してみることにしよう。