働き方をアップデートするためには、単にビジネスの仕組みや取り組み方を変えるだけではなく、経営そのものを再構築する「第二創業」ともいうべきエネルギーが必要となる。そう語るのは、スターバックス コーヒー ジャパンの立ち上げ総責任者を務めた梅本龍夫氏だ。30年前、「コーヒービジネス」から「ピープルビジネス」へと大転換を遂げたスターバックス コーヒーの変革の物語をひも解き、多様性のある未来志向の組織づくりに必要なパラダイムシフトについて考える。

※本コンテンツは、2021年8月26日に開催されたJBpress主催「第7回 ワークスタイル改革フォーラム」の基調講演「物語経営が新しい働き方を創る」の内容を採録したものです。

内側から湧き上がるパーパス、物語の源

 今、経営の中で「パーパス」という言葉が広く使われ、経営陣にも大きく問われるようになっている。その始まりは2018年、世界最大級の資産運用会社ブラックロックが全世界のCEOに宛てて「何のために企業が存在し、何を果たしていくのか」を問うた“A Sense of Purpose”にあると、スターバックス コーヒー ジャパンの立ち上げ時に総責任者を務めた、有限会社アイグラム 代表の梅本龍夫氏は語る。

「“A Sense of・・・”が大事だと私は思います。頭で考える理屈、分析ではなく、感覚。内側から湧き出すように、経営のパーパスが生まれてくる。そこから企業として、組織として『何を本当にやりたいのか』を働く仲間、ステークホルダーと共有していく物語が出てくるのです」

 19世紀末に活動した印象派の画家ゴーギャンに『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』と題された絵画の大作がある。大きな物語を含むこの絵は、パーパスの本質を象徴していると梅本氏は言う。

「自分たちの創業の原点は何か(オリジン)、何のために存在するのか(ミッション)、どこに向かっていきたいのか(ビジョン)、これら3つが重なり1つの大きなパーパスが出てきます。パーパスは、『大きな物語』と言い換えられると私は思っています」

 スターバックスの創業から今日までを振り返り、そのパーパス(物語)をひも解いていく。

スターバックスの第二創業の物語(パラダイム)

「1971年、シアトルで3人の若者が1つの店を始めました。いいコーヒー豆を仕入れ、上手に焙煎して売る。厳選した紅茶やスパイスなども置いてあり、ライフスタイルにこだわる、いかにも西海岸らしい発想の店でした」

 1982年、彼らの事業にほれ込んだハワード・シュルツ(同社の元会長兼社長兼最高経営責任者)がスターバックスに入社する。ここから、第二創業の物語が始まった。

「シュルツはやりがいを持って仕事に当たるものの何も始まらず、うまくもいかなかった。しかし、あるとき彼は啓示を受けます。出張で赴いたイタリアのミラノで、街中にあるエスプレッソバーの1つに入り、そこで最高のエスプレッソ、バリスタがコーヒーを入れる美しい姿、コーヒーを飲みながら会話を楽しむコミュニティに感動したのです。そして、スターバックスに欠けていたのはこの雰囲気、体験であることを悟りました」

「スターバックスを、最高のコーヒーとコミュニティがあるサードプレイス(職場や学校ではない、居心地のよい第三の場所)にしたい」というビジョンは、パラダイムシフト、つまり、物語の大きな変化の支点になった。

 シュルツがビジョンの実現に向けて試行錯誤を続ける中、1989年に現れたのが、ハワード・ビーハー(同社の元取締役)だった。ビーハーは、シュルツの強力なフォロワーになる。

「リーダーとフォロワーは、単なる上司部下のように人事で決まるものではありません。『あなたのやろうとしていることを一緒にやりたい』というフォロワーがいて、初めてリーダーはリーダーとして認められるのです。ビーハーは、ビジョンを実現するために戦う、シュルツの戦友ともいうべき存在になりました」

 ビーハーは「スターバックスはコーヒービジネスではなく、ピープルビジネスであるべき」と主張した。店で働く人間がスターバックスらしさを表現して初めて、サードプレイスが生まれる。「ユーザーに体験を提供する」というスターバックスのカルチャーがここから生まれた。

 そしてさらにもう一人、重要な2番目のフォロワーとなるオーリン・スミス(同社の元CEO)が登場する。

「スミスは実直な男で、カリスマリーダーであるシュルツの単なる従順なフォロワーになる可能性もありました。しかし、第一のフォロワーであるビーハーが情熱的に価値を追求する姿を見て、フォロワーの在り方を学びました。自ら強い意志を持って『ピープルビジネス』実現のための仕組みづくりにまい進したのです」

 スミスは、従業員を「パートナー」と呼び、株式を持たせて経営者とともに歩む仲間とした。さらに健康保険を提供するなど、働きがいのある職場環境をつくっていった。この3人によって、スターバックスのカルチャーが確立した。スターバックス社内では3人のファーストネームの頭文字をとって“H2O”と呼び、敬愛していたのだという。