曽祖父から始まった改革とその心意気

 変化するマーケットへどんな挑戦を始めたのかを紹介する前に、まずは宮坂醸造の近年の歩みを少しご紹介しなければいけないかもしれません。

 前述しましたが、宮坂醸造は今年で359年を迎える老舗の酒蔵、酒造メーカーで、規模でいえば中堅企業とはいえ、「真澄」の名前は広く知られています。しかし今のこの地位を保てているのは、お話を伺った宮坂勝彦さんの曽祖父にあたる宮坂勝氏の改革があってこそだと言います。

 宮坂勝氏はその当時貧乏酒蔵だった「真澄」のそれまでの考えをシフトチェンジして「日本一の美酒を醸す他なし」との考えのもと、当時20代の若者だった窪田千里氏を杜氏に抜擢し、徹底的に品質にこだわる酒造りを始め、その結果、全国品評会で賞を何度も獲得するような酒蔵へと発展させました。なぜ「真澄」は美味しい酒を造れるのかということで、醸造試験場の技師たちが調査に訪れ、その際に「七号酵母」が発見されました。

 その後、あとを継いだお祖父様は新たな時代の到来を先読みし、今でいうマーケティングを導入し改革を行い、東京への進出を、お父様は海外への販路拡大と、常に時代を読み解き前へ前へと進んで、今その時代に沿った「真澄」を常に作り上げてきました。

 時代を読み取り新たな挑戦に取り組むという姿勢は、いわばこの酒蔵に引き継がれてきた哲学なのかもしれません。

 そんな各世代の取り組みや姿勢に影響を強く受けていると語る宮坂勝彦さんを中心に、平成から令和という新たな時代に取り組んだ改革は、酒造りにおいて使用する酵母をこの蔵の代名詞ともいえる「七号酵母」に一本化するという大きなシフトチェンジでした。

酒蔵の中には「七号酵母誕生の地」のモニュメントが、ひそやかではあるが誇らしげに掲げられている

酒蔵の哲学をマーケットに提案していく酒造り

 宮坂勝彦さんが大学卒業後、都内有名百貨店でファッションの仕事を経験した後、家業へと戻ったのは2013年からとのことでした。当時の宮坂醸造ではマーケットで好まれる味や香りに沿った酒造りを行っており、酵母もそのトレンドを合わせたものを使用していました。

 しかし時代はすでに多様化の時代へと変化の兆しを見せ始めていました。そのことをいち早く感じ、もっと自分たちの個性と特徴を、他とは違う酒造りを行っていかないと宮坂醸造のような中小酒蔵が生み出すお酒は、その他多くのお酒の中で埋没してしまい、生き残っていけないのではないかとの危機感を抱き、改革へと取り組みを始めます。

 とはいえ、「七号酵母」では華やかな味わいは出せないと思われていたこともあり、方針を切り替えるのには時間がかかりました。酒蔵の空気を変えたのは、やはり試作を重ねたお酒の味に結果が出て、その味をまだ疑心暗鬼だった社員や社長が口にし、その酒質に納得してもらってからだそうです。

 真澄のリブランディングは宮坂勝彦さんが提案したかった、日々の食卓に彩りを添えるお酒でありたいという考えのもと、異なる個性を持った4本のリリースから始まりました。

 2019年に発売したこのシリーズは、諏訪地方の美しい水とこの地域の涼しげな風を感じる味わいが魅力的なお酒たちです。

左から/真朱(aka)、漆黒(kuro)、白妙(shiro)、茅色(kaya)七号系自社株酵母を使用し食中酒として発表された