今や運動靴という枠組みを飛び越え、1つのカルチャーとしても世界中で愛されているスニーカー。その魅力である軽快な履き心地と個性豊かなデザインは、一流の革靴を日々の相棒とする読者諸氏をも魅了してやまない。ここでは“本物”を知る大人の男が選ぶべきスニーカーを提案する。
写真=青木和也 スタイリング=泉敦夫 文=TOMMY 編集=名知正登
魅力的な人(靴)柄のシューズたち
何かが広まっていくキッカケ、そのひとつに“憧憬”がある。対象に憧れを抱き、自分自身も「~になりたい」という感情。これを英語のスラングでは「wanna be(ワナビー)」と言う。
例えばこんな話がある。19世紀頃、開国前の日本を訪れた西洋人たち。彼らは玄関で靴を脱ぐ習慣を知らず畳の間に土足で上がってしまい、各地でトラブルになったという。そこで生まれたのが靴の上から履くオーバーシューズ。これが我が国において、今でいうスリッパの原点となり、明治時代に西洋文化に憧れた上流階級を中心に広がったとされる。
さて、そんなスリッパで名を上げ、来年200周年を迎える老舗シューメーカーが今回のお題だ。創立は1825年。イングランド南西部のサマット州にある小さな町、ストリートに今も拠点を置くクラークス。古くから羊や牛の牧畜が盛んな同地域らしく、羊毛などで編み上げられたラグの端材を用いたスリッパが創業当初にヒット。以降の今日に至るまで、履きやすさと歩きやすさを追求したカジュアルシューズを生産し続けている。
本稿では「ワラビーブーツ」に代表される定番から、時代を反映したアップデートモデルまでを厳選。ドレッシーでカジュアル、控えめでいて人懐こくもある。そんな魅力的な人(靴)柄のシューズたちが、秋冬スタイリングの足元に添える良きスパイスとなれば、これ幸いだ。
1.「Wallabee Boot」
不変的かつ普遍的なルックスと履き心地で魅了する定番
クラークスの名を聞いて、誰もがまず最初に思い浮かべるのが本モデル。1966年生まれ、日本では1971年から販売されてきた「ワラビーブーツ」は定番中の定番。ポップな審美眼をもつシティボーイと、かつてそうであった大人世代の間でリバイバルして早10数年。いまだ人気は不動の4番。
モデル名はカンガルー科の小型有袋類・ワラビーに由来し、子どもを腹部の袋で育てる姿をほうふつとさせる独特なモカシン構造が何とも愛らしい。もちろん見た目だけでなく、足全体を優しく包み込む履き心地も味わえる。またこのスクエアなトゥの形状は締めつけを少なくし、長時間の歩行でも疲れを感じにくいという機能的メリットにもつながっている。
ちなみに履き口がくるぶしより下に位置するローカットが「ワラビー」、対する「ワラビーブーツ」はアンクル丈のミドルカットなので、秋冬に防寒性を求めるなら後者を推奨。購入時はお間違いなく。