青春時代に憧れつつも、どうしても手が届かなかったアノ名品だって、いまなら手が届く…いや、むしろいまだからこそ手を伸ばす価値がある! 自分と等しく年月を重ね、“次代のヴィンテージ”と目されるに至った、ファッション界の人類遺産たちに、いま改めてスポットを当てる。

写真=丸益功紀[BOIL] スタイリング=コダン 文=黒澤正人 編集=名知正登

「ストリート」をファッションのメインストリームに押し上げた立役者

 口コミや雑誌などに情報源が限られていた時代は、アメトラならアメトラ、アメカジならアメカジと、右向け右的な流れで、ある意味半強制的にトレンドが共有されていた。けれど、いつ何時どこにいても自分好みの情報を検索できるようになった=受動的→能動的に情報を摂取できるようになった今、ファッションのトレンドは細分化の一途を辿っている。

 平たく言えば、どんなスタイルを嗜好しても格段時代遅れとはみなされなくなった。ファッションにもリベラルの波が押し寄せたのだ。

 ただそんな情勢においても、感度の高いお洒落ピラミッドの最上層に位置する人々は、ここ数年同じ方向を向いている。「ストリート」だ。ファッション界ではヒップホップやスケートボードといった、ストリートを出自とするカルチャーを総称して「ストリート」というジャンルとして呼称している向きがあるが、その黎明期とも言える1980年代は、まだ「ストリート」は決してメインストリームとは言えなかった。少なくとも日本においては、ストリートファッションを嗜好していた洒落者は極めて少数派だっただろう。

 ただ前述の通り、情報の拡散手段が変化したと同時に、ヒップホップアーティストをはじめとするストリートスタイルの信奉者たちがファッションアイコンとなったことも契機となって、2010年代以降、メインストリームを形成していたブランドたちがこぞって「ストリート」へと舵を切り始めた。

 かのルイ・ヴィトンが、2011年からキム・ジョーンズを、2018年からヴァージル・アブローを、2023年からファレル・ウィリアムスをメンズのクリエイティブ・ディレクターとして招聘したのは、まさしくその好例だろう。かつてマイノリティだった「ストリート」は、いまや世界的メゾンすら軸に据える、ファッションの一大ジャンルへと上りつめたのだ。

 そして現代のファッションの基軸となったストリートカルチャーにおいて、「カリスマ」とも「キング・オブ・ストリート」とも称される人物こそが、今回の主役、藤原ヒロシ氏だ。

 その肩書きは極めて多彩。音楽プロデューサー、DJ、作曲家、シンガーソングライター、デザイナーなどなど……数え上げればキリがないが、特筆すべきはその息の長さ。80年代から現在まで、実に40年の長きにわたって音楽とファッションを自由に往来し、独自のクリエイションを発揮。

 これまでにナイキ、ルイ・ヴィトン、モンクレール、タグ・ホイヤー、ブルガリ、リーバイス、ロロ・ピアーナ、ポケモン、スターバックスと、さまざまなブランド&企業とコラボレーションを行ない、そのどれもが世界中の洒落者たちの耳目を集めてきた。野球とファッションという畑の違いこそあるけれど、これほどその一挙一動が世界で注目される日本人は、大谷翔平ぐらいではないだろうか。

 さらに現在進行形のクリエーターながら、過去に氏が手掛けてきたアーカイブは近年ヴィンテージ化。「グッドイナフ」に「フィネス」、「ヘッドポーター」、「エレクトリックコテージ」といったブランドは、ストリートを“通った人”はもちろん、“通ってない人”だって、服好きなら一度はその名を見聞きしたことがあるはず。

 不思議なことに、これらのブランドは今見ても鮮度を失っておらず、むしろ現役バリバリで使えてしまう。“今”の空気感を的確に捉えるのがストリートの本分のはずなのに、なぜ“ヴィンテージ”として価値を帯びるほど年月が経過しても、変わらずに“今”を感じさせるのか。それこそがハッキリとした理由を明文化できない藤原ヒロシマジック。一般的な“ヴィンテージ”は「古くて希少性の高いもの」だが、氏がこれまでに手がけた作品たちは、「いつの時代でも“今”を感じさせるもの」として、新たなヴィンテージ像を築きあげている。