マクドーマンドは後に夫となるジョエル・コーエン監督の『ブラッド・シンプル』で84年に映画デビューし、89年に『ミシシッピー・バーニング』でアカデミー賞助演女優賞に初ノミネート。96年『ファーゴ』、17年『スリー・ビルボード』で主演女優賞を受賞している。加えて、00年『あの頃ペニー・レインと』、05年『スタンドアップ』でも助演女優賞候補となった、世界最高の演技派女優の一人だ。

 本作でも主演女優賞候補となっているが、製作者としての才能も持ち合わせているのだと驚かされる。マクドーマンドはトロント映画祭でクロエ・ジャオの『ザ・ライダー』を観て感動し、彼女に監督してもらいたいと思ったところから、この企画がスタートしたと語っている。

 この『ザ・ライダー』はカンヌ国際映画祭監督週間でアート・シネマ賞を受賞。全米批評家協会賞作品賞も受賞している。まるっきり無名の新人を発掘したわけでもないが、彼女の手腕を高評価したマクドーマンドの識見は見事だったといえるだろう。

 第3作となる『ノマドランド』はヴェネチア国際映画祭最高賞である金獅子賞を受賞したのを皮切りに、ゴールデン・グローブで作品賞(ドラマ)、監督賞を受賞したほか、賞レースを席巻。オスカー大本命と言われている。

フランシス・マクドーマンドもスタッフの一員となり、旅をしながら本作を撮影したという

ノマド生活を営む人々を追う

 物語は地平線が見渡せる大平原の中、用を足しているマクドーマンドの姿から始まる。「え、いきなりそんなとこを?」と意表をつかれたが、これこそ彼女の覚悟だったのではないか。ハリウッドを代表する女優がノーメイクであるのはもちろん、排泄行為すらさらけ出す勇気。もちろん、そんなことを気にする次元で、この壮大なドラマは語れるはずもない。

 夫に先立たれ、リーマンショックの影響で住んでいた炭鉱町までもが完全閉鎖。住所が消滅しまう現実にも驚かされるが、61歳の主人公ファーンは家を手放し、唯一手元に残ったワゴン車に家財道具を詰め込み、放浪の旅に出る。

 本来、ノマドには遊牧民、放浪者の意味があるが、アメリカでは季節労働の現場を渡り歩く生活者のことを指すという。本作でもファーンはアマゾンの配送センターやアカカブの収穫工場、観光向けカフェ、国立公園のキャンプ指導員として働いていた。

 私もかつてバックパッカーとして数カ月、アフリカ、インド、中国を旅してきたが、そこで多くの長期旅行者に出会った。なかには3年、10年選手もいた。彼らはとても自由で、その気ままな暮らしぶりにロマンを感じ、憧れもした。

 だが、自分には決してその選択はできなかった。社会から孤立する恐怖、孤独、蓄積する疲労……。実際、その現実は厳しく、ましてやアメリカでのノマド生活=高齢者の車上生活は体力的にも精神的にも相当な負担がかかる。経済的な事情から、図らずも車上生活を余儀なくされる事実も、社会問題としてある。