米国魂を刺激するネオ・ウエスタン
その現実に向き合いながら、ノマドたちと出会い、交流を重ね、ファーンは自分の居場所を見つけていく。「ホームレスじゃない。ハウスレスなの」と知人に語るファーンの言葉が胸を衝く。ノマドは決して蔑まされる存在ではない。自らの責任と覚悟のうえで、彼らは誇り高い旅を続けているのだ。
もともとアメリカ人は遊牧民だった。西部開拓時代、彼らは馬車にやはり家財道具一式を詰め込み、家族で旅をしてきた。馬車からワゴン車へ。家族から単身に。サウスダコタのバッドランドからネヴァダの砂漠、さらには太平洋岸の北西部まで、ファーンは旅を続ける。そこには息をのむような、美しく壮大なアメリカの原風景が広がる。ネオ・ウエスタンともいえる、本作の真骨頂だ。
さらに本作には実在のノマドたちが多数、実名で出演している。彼らの達観した人生観、智慧、包容力――どんな名優でも彼らのような演技は望めないだろう。言葉の重み、豊かな表情から、その感情や言葉が決して嘘でないことが分かる。
そんなノマドたちが参加する集会にファーンは身を置き、彼らの話をじっと聞き入る。ちょっと疲れたような、哀愁漂う佇まい。その中にも凛とした強さ、美しさがにじみ出る。そんな彼女に魅せられ、デイヴィッド・ストラザーン扮するノマド仲間が、共に健やかな安定した暮らしをしようと誘うが、彼女はもはやふかふかのベッドで安らかに眠ることができなくなっていた!?
孤独でも不幸でもない女性高齢者の生き方
彼女が旅をし続ける理由――彼女自身すら分からなかったその理由が、終盤、明らかに。その切ない想いに胸が熱くなる。これから中期、後期高齢者へと人生の終焉に向かう中、彼女の生き方は、決して他人事ではない。ノマドとして生きる道。それは決して不幸でも孤独でもなく、むしろ豊かに思える。それは自身が“選択”した道だからだろう。
と同時に、私にはノマドの世界観が、アフター・コロナ世界、近未来のアメリカの姿にも思えた。本作が新型コロナウイルス感染拡大前に製作されたことを考えると、クロエ・ジャロのアメリカを映す目の確かさ、予見する力にただただ驚くばかりだ。しかもアメリカ人ではなく、中国人であるという事実。
近未来にも、西部開拓時代から続く原風景にも見えるアメリカの大自然。いつまでも見ていたいこの風景と、そこに息吹く人々――。賞レースの行方も気になるが、本作はそれ以上に、ひりひりとした感覚が残る、個人的に忘れられない作品になる予感がする。