『MOTHER MUSIC REVISITED』……1989年の名作を再演

──今回の『MOTHER MUSIC REVISITED』は、1989年の大ヒットゲーム『MOTHER』の鈴木さんご自身によるサウンドトラックの再演です。この制作のきっかけはどのようなものだったのでしょう?

 私には死ぬまでにやりたいリストというものがあるんですが、『MOTHER』のサウンドトラックを自分で歌うことは、その中のひとつだったんです。『MOTHER』は僕にとっては重要なアルバムで、初めてのゲーム音楽だったし、大きなターニング・ポイントでもあった。

──ターニング・ポイントだったというのは? 

 ゲームの音楽というものは、プレイしている間に無意識に聞こえてくる音楽ですよね。その音楽を、自分でもいいなと感じる音楽にしたいとずっと思っていたんです。一方で、当時のゲーム音源はまだ同時に出せる音の数が少なかった。当時任天堂にいらした田中宏和さん(ゲーム音楽作曲家)といろいろ研究しながら作ったんだけど、音数が少ない分、必然的に音楽の焦点がメロディに特化されていくことになる。それで、メロディを入念に作ったんだな。

──まじめに作ったんですね。

 そう(笑)。そして当時、メディアミックスとして、『MOTHER』のゲーム音源をきちんとしたヴォーカリストや楽器で録音し直してCDで出そうということになった。それが私にとって、初めてのロンドンでのプロデュース経験になったんだよね。オーディションをして、あのキャサリン・ワーウィックというヴォーカリストを探し出して、現地でレコーディングを行った。これは本当に私にとって大きなことだった。

──どのようなことにおいてですか?

 やっぱりね、ビートルズの国に来たなと実感したんだよね。ポップ・ミュージックの歴史が長くて、その蓄積が違うんだ。ミュージシャンもスタジオのスタッフも、機材も含めてみな音楽にすごく詳しくて、プロデューサーとしての判断も即時に求められる。恐るべき場所だと思った。選んだ人、出会った人が良かったとも言える。

 そしてその頃、ムーンライダーズは休んでいたんです。メンバー皆が、ソロアルバムを作る時期にしようとしていたの。そしてある時、キーボードの岡田徹くんが『MOTHER』のヴォーカルヴァージョンを聴いて、お、ソロができたね、と言ったんだよね。それがムーンライダーズ再開のきっかけになった。だから、いろいろな意味で思い出深い作品なのです。

──今回も、新たにムーンライダーズが活動開始ですね。それにしても、あれだけ世界的にヒットした名作のリメイクは大変だったのではないでしょうか。

 最初は大変でしたね。録音は進んで行くけど不安なんだ。『MOTHER』は世界中にマニアがいるから、そういう人たちが聴くんだろうなと。でも、ある時、それをやめたんです。聞き手を限定する必要はない、自分が作りたいものを作ればいいんだ、と。それに向かうのは、『MOTHER』の存在が大きくて難しかったんだな。今の洋楽を作るんだと決めて、それからは楽に進みましたね。これが出来てとても嬉しい。ずっとやりたかったことだからね。非常にメモリアルなものになっていると思います。

 だけど、本当にマニアが多いからさ。2019年にもアメリカからファンが10人くらい来てさ、ドキュメンタリーフィルム作っていたりしててさ。そういうのを体験するとプレッシャーになっちゃうんだよね。

 でも、出来上がっちゃったもんね。賛否両論になると思う。それが道理だろう。でもね、勘弁してくださいな(笑)。これは私なりの『MOTHER』だからさ。デラックス・エディションには当時のゲーム音源も入っているから、そっちを聴いて当時を回想してね、と。さらにビルボードのライヴヴァージョンも待機しているよ。

変わらず、変わり続ける

──お話を伺っていると、鈴木さんのキャリアは、大きな円を描くような、大きく振れながらも中心が動いていないような、そんな印象を持ちます。

 そうだなあ、変わらないとこはあってもいいけど、変わるところもたくさんあったほうがいいと思うからね。ディランじゃないけど転がる石のごとくにね。たとえば僕は、誰かに、それって違うんじゃない? と言われたら、そうかもしれないなとすぐ思っちゃうもん。ほとんど否定しない。

 だから、昔から変わってないと言われるかもしれないけれど、変わることこそ楽しいんじゃないかとも思うよね。変わらず、変わる。禅問答みたいだけど(笑)。

──それは、はじめに伺った、信念を持たないということと重なりますか。

 自分の生き方を決めてしまうのは難しいと思うんだよね。ビートルズが解散した1970年には三島由紀夫の事件があった。あの結末は思想と身体による>信念の行動だったのかもしれない。三島の作品にはいいところもいっぱいあるんだけどね。あの巨大な虚無感……それのみ非常に魅力的だ。そうだ、意識の深部にある虚無感も大事かもしれないな。

──となると、改めて、カッコよく生きるためにはどうすればいいでしょう。

 自分がカッコいいと思えることをたくさん見聞きすることなんじゃないかな。結局、それによって自分のカッコいいについての感覚は磨かれる。だから、たくさんのカッコよさを外から浴びること、これこそがカッコいいと言い切ったほうがいいかもしれない。自分がどう見えるかなんて考えず。

──今回の『MOTHER MUSIC REVISITED』の実現は、鈴木さんの死ぬまでやるリストに入っていたとのことでした。これが完成した今、そのリストにはまだやりたいことがたくさん残っているんでしょうか?

 うん、いつも2、3はあって、今回はそのひとつが実現できたの。

──えっ、じゃ、もうひとつふたつしかないじゃないですか。

 大丈夫、増えていくだろうし、見つかっちゃうかもしれない。ほら、人生は偶然に左右されるからさ(笑)。

INFORMATION
鈴木慶一『MOTHER MUSIC REVISITED』
CD2枚組 DELUXE盤 COCB-54321/2 5000円+税
CD通常盤 COCB-54317 3000円+税
LP2枚組 COJA-9391/2 5500円+税

https://columbia.jp/suzukikeiichi/

 

PROFILE
1951年8月28日 東京 羽田生まれ。1970年頃より様々なセッションに参加し、1972年に “はちみつぱい” を結成。バンドとして、またソロとしても数々のステージやレコーディングをこなす。“はちみつぱい”は1974年にアルバム「センチメンタル通り」を発表して解散。1975年、“はちみつぱい”を母体に、弟、鈴木博文らが加わり “ムーンライダーズ”を結成。1976年アルバム「火の玉ボーイ」でデビュー。2008年2月20日にリリースしたソロアルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』は第50回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞した。2021年には、自身の音楽家生活50周年、ムーンライダーズは45周年を迎える。ムーンライダーズの活動と並行して、70年代半ばよりアイドルから演歌まで多数の楽曲を提供すると共に、膨大なCM音楽を作曲。任天堂より発売されたゲーム『MOTHER』『MOTHER2』の音楽は、今でも世界中に多数の熱狂的なファンを持つなど、国内外の音楽界とリスナーに多大な影響を与えている。映画音楽では、北野武監督『座頭市』で、第27回日本アカデミー賞最優秀音楽賞、第36回シッチェス・国際カタルニヤ映画祭オリジナル楽曲賞を受賞した。