印刷業界の営業が向きあうべき現実ともたらすべき変化

業界を発展させていく営業変革とは?

JBpress/2020.4.1

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営業職のモノサシは売上至上主義から利益重視へシフトしつつある

坂井:工場との信頼関係の話題から利益の話が出ましたが、今セールスを実行している部隊では今まで以上に利益を考えることが必要になり始めていますよね。産業全体の成長期の頃のように、足を使って根性で繰り返しお客様の所に出向けば、何かしらの案件をいただくことができていた時代は、頭の中が売上数値でいっぱいでした。でも、今のようにエンドユーザーの価値観が多様化したり、BtoB事業のお客様のニーズが複雑化する中では、一つひとつの案件規模も小さくなりがちですし、昔のように「案件数をこなして売り上げをつくれば利益は後から付いてくる」なんて発想では成立しなくなっています。

神谷:確かに、紙のダイレクトメールを印刷するという案件を例にすると、昔は世の中全般が量で勝負する時代でしたから、1万通もの印刷を受注することができましたが、今ではそうした案件が千通程度の規模での発注になっています。それを時代のせいにしていては、業界全体がジリ貧になるばかり。ものは考えようで、坂井さんの所属されているFISなどはまさに象徴的ですが、「小ロットの案件が主流になるのならば、効率よく印刷できるデジタル印刷で対応し、印刷機を回すところには営業も含めて以前のようには工数を掛けない」といった具合で打ち手はあるんですよね。それに1回ごとの発注数が小規模になったとしても、お客様から信頼を勝ち得て長期的な関係性を築けたのならば、小ロット案件にも新しい価値を付加して、エンドユーザーのライフ・タイム・バリューを考慮した利益獲得への道筋は見えてきます。

坂井:そう、そこなんです。例えば小ロットの案件が増えた背景には、「お客様の側がデジタルマーケティングなど、新しいアプローチを積極的に採り入れ、ダイレクトメールなどは本当に有効なところに適切な量だけ印刷して送ればよいことが判明した」というようなプロセスが絡んでいたりします。それならば印刷業界の側もDTPやWeb to Printシステム、デジタル印刷機などを導入してDXを進めていけば、お客様のデジタルマーケティングなどとシームレスに連携できるようになり、利益獲得の効率を引き上げることができるはず。「必ずいつもそうなる」と言い切れないところが、リアルなビジネスの難しいところではありますが、少なくとも「最終的には紙にプリントする」というアナログな案件であっても、われわれとお客様の双方のDXによって印刷ビジネスを変革し、利益体質にしていく可能性は見えます。そしてその双方のDXという点がポイントで、お客様と足並みそろえてDXしていくには、やはり営業が築く信頼関係が以前にも増して重要になると思います。

神谷:もしも印刷業界がいまだに古い体質を引きずっていると思っている方々がいるのなら、そんなことはないと言いたいですね。新しい技術やプロセスの導入は、営業職の働き方にもこうして大きな影響を与えていますし、まだまだ道半ばとはいえ、デジタルを中心に業界を挙げて変わろうとしているのは事実。

坂井:私のいるFISは中堅規模の会社ですから、神谷さんの凸版印刷のように大規模で、高い実績と総合力を持ち、なおかつトップ経営陣が先頭に立って変革を叫んでいる様子を拝見するとうらやましく感じたりはします。DXにせよ、働き方改革にせよ、チャレンジを自社で完結できるはずですから。ただし、私たちとしても「自社の力だけで完結できないのならば、積極的にさまざまなプレイヤーと連携し、共創していく関係づくりを進めればいいじゃないか」という熱意は持っています。そういう場面でも、結局問われるのは共創を現実のものにするコミュニケーションの力だと再認識したりしています。

神谷:凸版印刷としても何もかもを自社完結できるとは言えませんし、かつての「印刷」というカテゴリーには収まりきらないような挑戦を開始している中では、多数のパートナー企業との共創関係が求められています。また、例えば社内のダイバーシティを進めていくためにも、性別や国籍を超えて成長機会を提供していく施策に取り掛かってもいます。規模の大小とは無関係にチャレンジする姿勢が問われているのは間違いありませんね。

坂井:ダイバーシティという意味では特に印刷業界の営業部門は、まだまだ男社会から脱却しきれていないように思います。お客様もいろいろなタイプがいらっしゃいますし、そこは当社でも働き方や営業の仕方の多様性を含めてもっともっと積極的に変えていかなければいけない課題だと考えています。

社内の誰よりも外界とつながる営業職が変革をリードすべき時代に

神谷:DXだけでなく、SDGs、サステナビリティ、真のグローバル化など、取り組むべき課題は山積みですが、こうした課題の解決に共通して追い風になるものの1つがダイバーシティであることは間違いないですし、そうなればコミュニケーションの重要性はさらに高まります。コミュニケーションの担い手であるべき営業職が、実は会社の変革で大きな役割を担い始めているのではないかと、私もようやく最近腹に落ちて理解できるようになりました。

坂井:時候ごとの挨拶訪問とか、ワンパターンの年始タオル(笑)とか、そういう古き習慣も、エコを考えれば無駄であり、社会に負荷をかける行いと言えるのかもしれません。安易なごまかしが効かない最前線で信頼関係構築やコミュニケーションをどう展開すればよいのか、デジタルとアナログの配合バランスも考え、利益思考も深めながら進めていくのがこれからの印刷業界の営業職ですね。

神谷:これまでの価値観と新しい価値観のグッドバランスも考えていきたいですよね。根性や忍耐力で、ここ一番の「踏ん張り力」を発揮してきた世代から学べるものも少なくありませんし、かといって昔流儀のやり方にしがみついていたら、デジタルの時代を生き残ることはできません。社内の誰よりも外の世界とつながっている私たち営業職が、外の風、新しい足音、世界の目線などといったものをどれだけ生かしていけるか。

坂井:そういう局面でも、またデジタルな技術が有効に使えるかもしれませんね。

[取材を終えて]
 新卒入社と中途入社という背景は違えど印刷業界営業の最前線で汗をかき、お客様との信頼関係を築き続けてきた神谷氏と坂井氏。「かつての印刷業」の善さも問題点も体感し、その上で「現在の印刷業」の課題と向き合い、「未来の印刷業界」を考えている両氏だけに、非常に建設的な対話が展開された。表面的なデジタルへの移行という議論ではなく、新しいテクノロジーをどう使いこなすのか、その時営業の担当者たちに問われるのは何なのかも、具体的に示してくれるディスカッションになった。デジタルテクノロジーを中心に変化する現場や市場の多様化を味方に付けることができるかどうかは、その矢面に立つ当事者たちの変化への意識と見失わない本質に掛かっていると言えるだろう。