印刷業界の営業が向きあうべき現実ともたらすべき変化

業界を発展させていく営業変革とは?

JBpress/2020.4.1

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 デジタル変革の話題ではともすると新技術や新規事業の開発者・開拓者らに耳目が集まりがちだが、変革の成否が真に問われるのは顧客に対峙する営業の最前線。自社の営みを市場がどう受け止めているのか。それを誰よりも知るのが営業職だ。そこで今回は印刷業界の営業フィールドで長年活躍し、印刷業を熟知する2人に登場してもらった。凸版印刷の情報デザイン事業部 開発営業本部 ソリューション営業部でチームを率いる神谷直樹氏と、ドキュメント・ソリューションを軸とした高付加価値型サービスに向けて変革を実践するエフ・アイ・エス(FIS)で営業本部を統括する坂井祐一氏だ。果たして印刷業界の今と未来に、2人はどんな思いを持っているのだろうか?

デジタルな時代、コミュニケーションの重要度はむしろ上がっている

――印刷業界の営業職について改めて冷静に振り返ってみて、特殊性や専門性なども含めてお二人が考える課題を教えてください。

神谷直樹氏(凸版印刷):デジタル分野のニーズに応える形でお客様との取引内容は変化してきていますが、やはり大量印刷、大量配布を主に右肩上がりで成長してきた業界ですから、その中で根付いてきた肌感覚というか、昔からの価値観からまだ完全には抜け出せていない部分があることですね。私がこの業界に新卒で入ってきたのは随分前ですが、当時はビジネスの下流を支える受注産業だとよく話していました(苦笑)。お客様を大切にし過ぎるが故に、お客様が全てになってしまい、言い換えれば自分たちの立ち位置を自虐的なネタにしてしまうようなムードがあったように思います。もちろん今は当事者感覚を持って、新しい挑戦に向かっていこうという空気ができており、カルチャーは一新されつつあるのは良いことだと思っています。

凸版印刷株式会社 情報デザイン事業部 開発営業本部 ソリューション営業部 神谷直樹氏

坂井祐一氏(FIS):神谷さんが言わんとしている気持ちは分かります(笑)。私はもともと広告代理店にいたのですが、やはりそこも昼夜を問わないお客様最優先体質が色濃いところでした。印刷業界に転職してからも、よく似た価値観に包まれていて、売りたかったらとにかく足を使え、というムードの中で私も仕事をしていましたよ。

株式会社エフ・アイ・エス 営業本部 執行役員 坂井祐一氏

神谷:新規開拓ともなれば、まさにそういうところがありましたね。いざ発注してくださることになっても、お客様からしばしば降りかかってくる無理難題にどこまで応えることができるかどうかが問われる。もちろんチームとしての組織力や社として持っている技術力によって最適解を提供できれば、ソリューション営業と呼べますが、かつての印刷業界はもっと泥臭く汗臭い努力が問われていたように思います。

坂井:経験、勘、度胸と根性ですよね(笑)、当時のわれわれの武器は。

神谷:忍耐力も(笑)。ただし、悪い面ばかりではないとも思っているんです。そもそも本当に嫌なことしかなければ、とっくに他業界へ転職していたはず。やはり全国の書店やコンビニに自分が携わった成果物が並び、それを無数のエンドユーザーが手に取ってくれる様子は、私にとって何よりのモチベーションを与えてくれました。

坂井:時代が変わり、紙からデジタルへと情報メディアの主役が代わった今でも、その喜びは不変だと私も思います。特に当社ではWeb to Printシステムというデジタルと紙をつなぐ付加価値サービスによる提案を行っていたり、世界最先端のデジタル印刷機「HP Indigo Press」を活用した小ロット高品位印刷を提供していたりするわけですが、そうしてツールやソリューションが進化しても、喜びの源泉は変わっていません。

神谷:「価値ある情報をものづくりを通して一つの形にし、届けたい人々に伝達していく」ためのお手伝いをさせていただくというハートの部分ですよね。私も同感です。先ほど、印刷業界の過去の側面をお話ししましたが、「悪いことばかりではない」とあえて付け加えた理由にもつながってきます。時代がどんなに移り変わり、技術がデジタル化されようともフェイスtoフェイスのコミュニケーションで培っていく人と人との信頼関係がどんな案件においても重要なベースになる。だから、先人たちが築いたそうしたカルチャーは決して一掃してはならない、とも思っているんです。

坂井:生身のコミュニケーションの価値は、むしろデジタルな世の中だからこそ一層際立ってきているとも言えますよね。ただし、おそらく神谷さんも同様かと思いますが、われわれ印刷会社の営業職は、とにかくありとあらゆる業種がお客様になります。実に多様なカルチャーとシンクロしていかなければなりません。しかもそこにはあらゆる年代の方々がいるので、臨機応変にコミュニケーションのスタイルを切り換えていく姿勢もまた問われているんじゃないでしょうか?

神谷:むしろ多様性は従来にも増して膨らんでいますね。それこそ根性や忍耐力だけで道が開けるわけではない時代とも言える。

坂井:私をはじめ当社の営業本部のメンバーたちは、向き合う相手によってコミュニケーションのチャネルを切り換えています。例えば上の世代の方々には、可能な限り対面でお話をする一方で、デジタルネイティブの若い世代が多い企業とはSlackなどのチャットツールで積極的につながったり、デザインシンキングの要領で提案を行ったりしています。

神谷:確かにデジタルツールを使ってテキストベースでコミュニケーションを取った方がベターなケースというのはありますね。社内コミュニケーションでも同様のことが言えます。かつて印刷会社の営業職は、社内の印刷工場とお客様との板挟みにあって苦労したものですが、そういう現場にもデジタルなマネジメントツールなどが入り込み始めて、明らかに変化してきています。

坂井:工場との関係性維持には私も苦労しました(苦笑)。工場は最終的にプロダクトを納期通りに、しかも計画していた通りのクオリティーで完成させるための重要な場ですから、責任感も強いし、プライドも高かった。ところが、お客様からはギリギリのタイミングでデータ修正をお願いされ、工場の稼働時間を変更せざるを得なくなって板挟み・・・。

神谷:恐怖の時間ですね(笑)。本当にクオリティーの高いものをつくろうという気概があるのか、と工場の方々に叱責される。ものづくりのプライドは半端なく高い。ここにこそ日本のものづくりの質の高さを感じることも多々ありました。