「スモール・ヴァインズ」のシャルドネ2種。飲み心地のよさと、研ぎ澄まされたテンションを併せ持つ

「小さな」ワイン造りで、グランクリュのクオリティを

「スモール・ヴァインズ」はサンタ・ローザの有名レストラン「ジョン・アッシュ・アンド・カンパニー」でソムリエをしていたポール・スローンが立ち上げたワイナリーで、ロシアン・リヴァー・ヴァレーとウエスト・ソノマ・コーストに所有するシャルドネ、ピノ・ノワールの畑は、密植に特徴がある。密植は過度の日光から保護された果実は酸を保ち、ぶどう樹1本あたりの収量は少なくなるが、果実の凝縮感と複雑さが向上する。自社畑を拓く際、密植栽培に適した基盤岩土壌を求め数百の区画の地質調査を行ったところ、条件を満たしたのは半分以下だったという。

畝の間は3フィート(90cm)という密植の畑。ポール氏と

収穫は1本のぶどう樹を2回に分け、初回は上級キュヴェに適した果実だけが選ばれ、2度目をエントリーレベルに使用。健全で高品質なぶどうが育つ環境を整えたら、後は栽培も醸造も人的介入は最小限に。ワインはファーストヴィンテージの2005年から高い評価を受けている。現在の生産量は年間約36,000本とわずかだが、今後5~7年で60,000~84,000本(5,000~7,000ケース)に増産することを目標ににし、輸出の拡大も視野に入れているそう。現在は日本に輸入されておらず、日本での再会が待ち遠しい。

「スモール・ヴァインズ」で、試験的に醸造されたスパークリング。ソノマ・カウンティ全体でスパークリングを造る生産者が増えているそう

ナチュラルアプローチはデフォルト、産地で高めるブランド力

「量より質の、農に重きを置いた仕事」がソノマ・カウンティのワイン造りであると、ツアーの序盤でクリスの口から繰り返し語られたが、ワイナリーを訪れるたびにそれを確かめることになった。そして造り手たちの口から「ナチュラルワイン」という言葉が発せられることはなかったが、クオリティを標榜する彼らのワイナリーで化学農薬に頼らないぶどう栽培や、人的介入を抑えた醸造はデフォルトだ。生産量の少なさゆえ、市場への供給が十分でない場合も多く、カルトワイン化が免れないのが悩ましいことに加え(一部の日本ワインを思い出した)、アメリカ合衆国の高い賃金水準が価格に影響することにも造り手たち自身、頭を悩ませていた。トランプ政権下での関税問題など、輸出のハードルも低くない。

一方で、安定した品質と生産量を両立させる大手があり、彼らのおかげで多くの生産者が安心して独自の挑戦ができる、そういったバランスも保たれている。今回も訪問したが、カリフォルニア初のワイナリー「ブエナ・ビスタ」などはその筆頭だ。

1857年創業の「ブエナ・ビスタ」。現在、ブルゴーニュ出身の大ワイン商「ボワセ・ファミリー・エステート」の傘下にある

ともあれ、ウエスト・ソノマ・コーストの誕生のように、今なお産地は革新を続け、造り手たちは情熱をたぎらせていて、ワインの味わいの洗練も“次へ”と動き出している。その情景を目の当たりにできたのは幸運だった。

上質な素材ありきの料理も堪能、スペシャルなワインフェスにも

マスタークラスのようなシリアスなテイスティングからしか得られない知識、発見はもちろんあるけれど、ワインは食事とともに味わってこそ! スケジュールみっちりの行程の中にも、食とワインを楽しむ機会が盛り込まれていて(というかほぼ昼夜の全ての食事がそれぞれに趣向が凝らされていて)、ソノマ・カウンティのワインについてより理解が深まり、親しみを抱くことができた。

ロシアン・リヴァー・ヴァレーの「バレット」でのアペリティフ。華やか!

料理はフレンチベース、イタリアンベース、和食インスパイアなどさまざまだったが、どこで食べる料理にもおおむね次のような共通点があった。素材の鮮度と質のよさ、クリエイティブとコンフォートの調和、食後の軽やかさ。複雑さはあるけれど小難しくなく、捻りはあっても思考を強いず、リッチでも重くない。そんな料理はソノマ・カウンティの各エリアのワインと楽しむのに絶妙なバランスだった。

「ジョン・アッシュ・アンド・カンパニー」のオーラキングサーモンの一皿。ソースはココナッツカレー

クリスいわく「ソノマ・カウンティで“必ず訪れるべき”」一軒、「スモール・ヴァインズ」のポールの以前の勤め先である「ジョン・アッシュ・アンド・カンパニー」は、初日のディナーに訪問した。サンフランシスコの北、海沿いにある都市・ヒールズバーグではミシュランガイド掲載の「ヴァレット」でチョーク・ヒルとナイツ・ヴァレーの生産者とともにサシミスタイルの生魚料理からプライムビーフのサーロインまでのコースを味わった。

「ヴァレット」にて。アヒポキに昆布のエマルジョン、素揚げにした海苔が添えてある

ソノマ・ヴァレーで地域循環型農業に取り組むワイナリー「サン・フランシス」のファーム・トゥ・テーブルスタイルのディナーも素晴らしかった。

「サン・フランシス」のダイニングのテラス。日が傾くにつれ山々が夕焼けを映し美しい

ヒールズバーグ近郊でジンファンデル等に加えイタリア品種のワインを醸す「セゲシオ・ファミリー・ヴィンヤード」のピクニックスタイルのピッツァランチも忘れがたい。

カジュアルな「セゲシオ」のピッツァランチ。サンジョヴェーゼとともに

最終日には名門「ケンダル・ジャクソン」で開催されたイベント「テイスト・オブ・ソノマ」にも参加した。100を超えるワイナリーが出店し、ワインテイスティングはもちろん、地元産のチーズやパン、フードトラックのフードまで自由に楽しめる夢のようなイベント。滞在中に訪れたワイナリーの多くもブースを出していて、リラックスした空気の中での生産者たちとの再会も楽しく、また、日本未輸入の魅力的なワインにもたくさん出会えた。

テイスト・オブ・ソノマ。全イベントで真似て欲しいシックなリストバンド。タトゥープリントサービスも

ビールやミードの生産者も出店していて、ワインに劣らぬ洗練に驚く。進化するワインリージョンの傍らには、すばらしい食材の生産者や豊かな食文化、ファッショナブルで成熟したパーティー文化あり。ワインメーカーを筆頭に、出会った人々すべての誇り高く、かつオープンでフレンドリーなキャラクターも、この旅の思い出として深く心に刻まれている。

いまだ根強い人気、「ウイリアムズ・セリエム」など有名生産者のブースには列ができることも
テイスト・オブ・ソノマの会場。テント内に、ずらり、生産者ブースが並ぶ

取材協力/カリフォルニアワイン協会(CWI)