ブルゴーニュワインの価格高騰が止まらない。コート・ドールの名門ドメーヌのワインは、もはや一般愛好家の手が届かぬ領域へ。そうした中、ワイン界に衝撃を与える新星が現れた。オーストラリア・タスマニア島の小さなワイナリー、トルパドル・ヴィンヤードである。このシングルヴィンヤードが生み出すシャルドネとピノ・ノワールは、最高峰のコンペティションで次々と頂点を極め、“ブルゴーニュの刺客”と呼ぶにふさわしい実力を見せつけている。

 南極に最も近いワインの聖地

タスマニア島南部のコール・リヴァー・ヴァレー。この地からカヌーで南に向かえば、次に到達するのは南極大陸。そんな地の果てに、世界屈指のテロワールが存在することを、どれほどの愛好家が知っているだろうか。

この地の気候は特異である。ブルゴーニュよりも寒冷でありながら、シャンパーニュほどではないという絶妙な冷涼さを保つ。そして何より重要なのが、極度の乾燥である。背後にそびえる山々が雨と風を遮り、農薬散布を抑えつつも病害が避けられる理想的な環境を創り出している。そのうえ、トルパドルの畑ではさらに先んじて、有機栽培農法へと転換中だ。

土壌もまた興味深い。風化した砂岩が基盤となり、肥沃度が極めて低く、粒子が大きく空気を多く含む構造である。世界の偉大な畑に共通する「低い肥沃度と良好な排水性」を完璧に満たしているのである。

コール・リヴァー・ヴァレーの土壌特性を示す画像。背景の岩は、砂が固まって出来たもの。空気を取り込む孔がある。

二人のワインメーカーが運命的に出会った畑

2011年、オーストラリア初のマスター・オブ・ワインであるマイケル・ヒル・スミス氏と、その従兄弟でワインメーカーのマーティン・ショウ氏が、タスマニアを訪れた。当初、(彼らの本拠地である)アデレード・ヒルズ以外でワインを造る計画はなかった二人だったが、タスマニアで味わったワインに感動し、その足でトルパドルという名も知らなかった畑を訪れることになる。

左/マーティン・ショウ氏。トルパドル・ヴィンヤードのオーナー兼マネージングディレクター。アデレード大学とボルドー大学で醸造学を学び、国内外で醸造家として、またコンサルタントとして活躍。右/マイケル・ヒル・スミス氏。オーナー兼マネージングディレクター。1988年、オーストラリア人初のマスター・オブ・ワインとなる。国際的なワインコンペの審査員や、ワインコンサルタント業務を行い、自社ワイン以外でも豪州ワインの品質向上に貢献している。

そして「その畑に完全に魅了された」とマーティン・ショウ氏。約1カ月後、二人はこの畑を所有することになったのだ。

トルパドル畑の歴史は1988年に遡る。当初はスパークリングワイン用のブドウ生産が想定されていたため、植樹されたクローンの多くはスパークリングワイン向けだった。マイケルとマーティンは、スティルワインに適したクローンへの植え替えを行い、2023年ヴィンテージからは、ポマール、828、MV6、アベル、ベストといったピノ・ノワールのクローンから生まれたワインをリリースしている。

世界が認めたトルパドル・ヴィンヤードの快進撃

トルパドル2017年ヴィンテージのシャルドネは、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で史上初の4冠を達成した。ベスト・タスマニアン・シャルドネ、ベスト・オーストラリアン・シャルドネ、ベスト・オーストラリアン・ホワイトワイン、そして頂点の「世界最優秀シャルドネ」である。タスマニアの小さな畑が、これほど素晴らしい成果を上げたのは初めてのケースだ。

2023年ヴィンテージのピノ・ノワールもまた、同コンペティションで3つのトロフィーを受賞。ベスト・タスマニアン・ピノ・ノワール、ベスト・オーストラリアン・ピノ・ノワール、そしてベスト・オーストラリアン・レッドワインの栄冠に輝いた。オーストラリアに多くのシラーズが存在することを考えると、ピノ・ノワールがオーストラリア最優秀赤ワインに選ばれたことは驚愕すべき話である。

2025年9月11日に東京・渋谷のフォレストテラス明治神宮にてソムリエを対象に行われた試飲セミナーの様子。先述の両オーナーに加え、マーケティング・マネージャーのカヴィータ・フェイエラ氏(一番右)も来日。彼女は「アマン東京」設立時の初代飲料部門マネージャーを務め、同ホテルのワインリストを作成した人物。

トルパドル・ヴィンヤードの醸造哲学は明確だ。「最高の場所で最高のブドウを育てれば、実際には何もする必要がない」という低介入主義を貫いている。

シャルドネは手摘み収穫後、除梗せずにホールバンチプレス、シャンパーニュ用プレス機を使用して直接樽へ移される。天然酵母での発酵、100%マロラクティック発酵、バリックでの熟成という工程だが、すべてのプロセスが自然に委ねられている。新樽の使用は控えめで、「樽がテロワールの敵」という信念が貫かれる。

一方のピノ・ノワールでは、手摘み収穫後、選別台で不完全な果実を除去し、ホールバンチまたはホールベリーとして開放式発酵槽に直接投入される。ホールバンチの割合はヴィンテージによって異なるが、通常25~30%。果皮接触期間は20~40日と、じっくりと抽出が行われる。新樽の使用は最大25%のフレンチ・バリックに留められる。

オーストラリアワインの新時代

「現在生産されているオーストラリアワインは、これまでになくエキサイティングで、これまでになく良く、これまでになく多様性があり、過去にはなかった詳細さを持っている」とマイケル・ヒル・スミス氏は語る。

実際、オーストラリアは長らく複数地域のブレンドワインで知られてきたが、現在はシングル・ヴィンヤードに焦点を当てる方向への変化を見せている。トルパドル・ヴィンヤードは、まさにこの新しい潮流の最前線に位置するものだ。

しかもトルパドル・ヴィンヤードのワインは、ブルゴーニュワインと比較して圧倒的な価格優位性がある。シャルドネ、ピノ・ノワールともに1万円前後という設定は、同等品質のブルゴーニュワインよりもかなりお得だと感じる。味わいは非常に上品。果実味と樽香のバランスが極めて整い、ニューワールド特有の突出した何かを持たずに、ブルゴーニュのそれと違わぬ均整を保っている。今飲んで、十分においしい。そして、さらに数年間、寝かせた伸びしろを試したくなる。

ワイン愛好家にとって、トルパドル・ヴィンヤードとの出会いは、新たな地平を開く体験となるだろう。ブルゴーニュが到達し得ない価格帯で、世界最高水準の品質を提供するこのワイナリーは、まさに次世代のテロワールワインの到来を告げている。

タスマニアの風土がかけた魔法を、ぜひ積極的に体験することを強くおすすめする。

トルパドル・ヴィンヤード シャルドネ
2023 ¥9,600
2024 ¥9,750
シャルドネ100%、天然酵母/全房プレス/MLFあり、フレンチオーク10ヶ月(225L/新樽比率30%)、その後ステンレスタンクで4ヶ月澱と共に熟成。バックボーンにライムの果実味を持ち、まっすぐに伸びる酸が特徴。樽は綺麗に馴染み、美しい骨格を形成している。 

トルパドル・ヴィンヤード ピノ・ノワール 
2023 ¥9,600
2024 ¥9,750
ピノ・ノワール100%、開放式醗酵槽(天然酵母/40%全房醗酵<2023VT>、30%全房醗酵<2024VT>)、フレンチオーク10ヶ月(225L/新樽比率30%)。鮮やかで凝縮した赤果実やアーシーな要素が綺麗にまとまり、層になって奥行きを作っている。美しいタンニンも魅力のひとつ。