ERP(統合基幹業務システム)導入などの企業DXが思うように進まない――そんな現象を、人類の長い金融史の文脈で読み解く書がある。大村敬一氏の『ファイナンスの世界史――金融技術と金融ビジネスの歩み』(日経BP 日本経済新聞出版)だ。古代メソポタミアから現代の暗号資産まで、金融の発展を「テクノロジー」「プレーヤー」「制度」という三層構造で描き出す本書から、ビジネスの普遍的な進化の法則を探った。

テクノロジーを導入したのに、なぜ成果が上がらないのか

『ファイナンスの世界史――金融技術と金融ビジネスの歩み』(大村敬一著、日経BP 日本経済新聞出版)

 ある製造業の企業が「全社的なDX推進」を掲げ、大規模にERP(統合基幹業務システム)を導入した。経営トップは「業務の標準化と効率化が一気に進む」と確信し、巨額の投資を決断した。導入の社内発表では「これで世界基準の経営管理体制が整う」と胸を張り、社内も一時は期待に沸いた。IT部門には最新の技術を持つ外部ベンダーが加わり、プロジェクトチームも組成された…と、ここまではよくある話だ。

 だが、現場はすぐに暗雲に包まれた。営業部門では「入力項目が増えてかえって処理が遅くなった」と不満が噴出し、製造現場では「以前のエクセルの方が融通が利く」と旧来のやり方に戻る社員が続出した。

 管理職は「各部門がシステム外で独自にエクセルやファイルを管理しているせいで、基幹システム上の数値と食い違いが生じ、正しい業績が見えない」と嘆いた。また経理部門では、「誰がどこまで責任を持つのか」が曖昧で決裁が滞り、会議の場では「制度やルールが決まっていないのに運用を始めても無理だ」という声が相次いだ。それでも、プロジェクトは進められた。

 結局、導入半年後には「投資に見合う効果が見えない」との烙印(らくいん)を押され、システムは部分的に使われるだけの存在に後退してしまった…残念ながら、これもまたどこかでよく聞く話だろう。

 新しいテクノロジーが導入され、体制が整ったにもかかわらず、まったく思うように進まない…。あなたの会社でも思い当たることは少なくないはずだ。