新しい醸造施設「FROM FARM醸造棟」の最上階。3層からなり、最下層で選果、除梗したブドウを写真奥のエレベーターで運び、手前のタンクに入れて醸造する。ポンプやコンベア、あるいは人力でブドウ・果汁・ワインを上下させるのを極力避けている

新醸造棟がいよいよ稼働

サントリーは2022年に日本ワインに「SUNTORY FROM FARM」というブランド名をつけた。そして、そこから日本ワインに大きな投資を続けている。日本ワイン業界でいま、これだけワイン造りにお金をかけているところはほかにないのではないだろうか。

そもそもサントリーの日本ワイン造りの現場として中核の登美の丘ワイナリーは、1ワイナリーが登美の丘という山一つと言いたくなるほどの広大なエリアを所有し、栽培から醸造までを一貫して行うというだけで日本ワイン業界で例外的に恵まれている。醸造家と栽培家は一体となってワイン造りできるし、収穫したブドウを遠くに運ぶ必要もない。

そして「ああ、この場所、甲州に向いてそうだなぁ」とおもったらそこを甲州の畑にしてしまうこともできるし「ああ、この場所、もうちょっと傾斜をなだらかにしたいなぁ」とおもったら土をもって地形を改造することもできる。実際、サントリーはそんなことをしてきた。

そこにワイナリーが何軒もできるくらいの、億円単位の投資がなされているのだ。

今年はいよいよ新ワイナリーが完成し、訪問した際は稼働を目前に控えていた。名前は「FROM FARM醸造棟」。

変な写真だけれど、右がFROM FARM醸造棟で左後方に樽熟成庫がある。つまり、醸造棟で造られたワインをすぐに貯蔵施設に入れられる位置関係

ここの最大の特徴は、40台程度の小容量の醸造タンクが置けること。現時点では2400リットルのタンクを中心に、900から1200リットル程度のタンクが26台設置されている。

中層階のメインはこの約2400リットルのタンク。タンクはすべて温度コントロールできる
今回の訪問時はまだ稼働前だった小型タンク。1200から900リットルサイズ

この小型タンクの何がそんなにいいかというと、醸造タンクが多い=たくさんのワインができるのがいい。

もうちょっと具体的に言うと……登美の丘ワイナリーは総面積で約150ha、うちブドウ畑は約25ha。この25haを現在約50の区画にわけて管理している。例えば甲州の場合、登美の丘ワイナリー内には、登美に使えるレベルと判断されている3区画と登美の丘レベルの6区画の合計9区画がある。これらは同じ甲州だから収穫タイミングは大体似通っている。この場合、醸造タンクが9つあれば「お、ブドウの状態がいいぞ、よし収穫だ」となって収穫してから即、それらをワイン化できる。しかし、もしもタンクがその時に3つしか空いていなければどうだろう? 収穫を待つか、収穫後にタンクが空くまで待つか、いくつかの区画の性格の異なる甲州をまとめて醸造するかしかない。しかし収穫を待ったり、収穫後にブドウをおいておけば、ブドウの状態は当然、収穫を決めたときの想定から変化してしまうし、まとめて醸造したら、あとでワインになってから「ああ、酸味が強い区画の甲州を入れすぎた」と後の祭りになるかもしれない。

それぞれを分けて醸造できるなら、そういうことは起こらない。ひとまずワインにしてから、あとでそれをどう使うか考えたっていい。将来的には50区画全部を別々に醸造できるワイナリーをつくろう、というのがこの「FROM FARM醸造棟」最大の特徴だ。

さらに、この醸造棟には高価なプレス機があり、作業工程でブドウ(あるいは果汁)を搬送するためにポンプを使うことを避けているほか、全工程にわたって酸化や温度変化を極力させない仕組みが導入されている。こういうのは経験上、ビジネス的に成功していて、スペースにも余裕があるワイナリーがジャーナリストや顧客に誇らしげに披露するものだ。

新醸造棟の稼働にあわせて見学ツアーも一部リニューアル。全120分/8,000円のツアーでは登美の丘ワイナリーでもっとも高い場所にある 「眺望台」とブドウ畑、FROM FARM醸造棟、熟成庫の見学後、ワイン4種をテイスティングできる。80分/3,000円のツアーでは、ワインショップ近くのブドウ畑、FROM FARM醸造棟、熟成庫を見学し、熟成庫にてワイン2種をテイスティングできる。要予約

贅沢で精密なワイン造りを可能にする設備である。そしておそらく、サントリーはまだ、色々と日本ワインに投資をするのだとおもう。それをワインに反映して、登美の丘ワイナリーのワインはコツコツと磨き上げられていくだろう。そこに不安はない。

しかし、これだけ士気高く、力を注ぐなら、いまあるものの品質向上だけにとどまらない、なんらかのブレイクスルーが起こるんじゃないか? と期待している。日本にはすでに、世界の通人を唸らせるカルト的な人気を誇るワインがいくつかある。優れたワインでいいなら、もっとたくさんある。私が期待するのは、それらとは違う、言ってしまえば王者のワイン。世界をあっと驚かせるような、日本でしか造れないワインが、登美の丘から出てこないだろうか? そう期待せずにはいられない。