2025年9月に稼働を開始した「FROM FARM醸造棟」。詳細は後ほど

報じるのが大いに遅れてしまったのだけれど、私は9月初旬に、サントリーに誘われて、今年も山梨県のサントリー登美の丘ワイナリーにお邪魔した。

登美の丘ワイナリーとそのワインについては以前かなりしっかり書いているので、今回は重複する部分は基本的に過去の記事にまかせて、2025年9月現在の新しい話をしたい。

登美 甲州 2023

まずはワインの話だ。昨年、サントリーは自社製造の日本ワインの最高峰グレードである「登美」に、日本の伝統品種であり、山梨県において特に広く栽培されているブドウ品種・甲州のみで造ったワインを加えた。それが、2022年に収穫されたブドウを使った「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」(以下、SUNTORY FROM FARMは割愛します)だった。こちらは世界的にも好評価だったのだけれど、今年、その次の「登美 甲州」である、2023年に登美の丘ワイナリーで収穫された甲州を使用した「登美 甲州 2023」をリリースした。

甲州はこんなブドウ。およそ1300年前に、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方に起源となる種があり、それが、シルクロードを通って、日本に伝来したと言われている。奈良時代には山梨県勝沼町の「柏尾山 大善寺」で薬用として栽培されていたとか。現在ではすっかり土着化し、日本固有のブドウと認定されている。日本の環境に適応しており、特に勝沼付近の環境には慣れているため、栽培しやすいブドウとされている

2023年は、過去9年間で最も気温が高く、最も降雨量が少ない年だったという。結果、ブドウの糖度は初めて20度を越えた。日本のワイン用ブドウ、特に甲州は、ワイン用として十分に甘くならず、人工的に糖を足す、補糖(シャプタリザシオンという)を行うことが少なくない。しかし2023年は無補糖での醸造になったそうだ。これは補糖が良いとか悪いとかの話ではなく、それほど環境が良かった、かつ、きちんと環境の良さを活かした栽培ができたという意味でひとつの幸運であり成果だ。

おそらくその環境の差によるのだとおもう。今回、横並びで試飲したわけではないけれど登美 甲州の2023年と2022年の明らかな差はボディだった。

2023年は、口にした瞬間に分厚くなったと感じた。昨年私は、2022年について「おそらく骨や筋肉のひとつひとつは細い。しかし、量が多く、ぎゅっと集まることで姿勢は美しく安定している」と書いているのだけれど、2023年は、そもそもの骨や筋肉がもっと太い印象だ。こういう言い方を日本はいま嫌がりそうだけれど、2022年は上等な着物を着こなす華奢ながらインナーマッスルがしっかりとした凛とした女性、2023年は鍛えた肉体にパリっとしたスーツを着た男性といった雰囲気。

また香りに関しても2022年より明らかにハッキリとした。甲州を特徴づける柑橘類の香りにやわらかい甘みが加わっている。

その一方で酸味は役割がやや縮小し、代わりに複雑性のある苦味がその役割を継いでいる。これも高級な印象を強める要因になっている。

もう1ランク下に位置する「登美の丘 甲州 2023」では、同じ登美の丘ワイナリーの2023年の甲州を使いながらも、酸味が非常に重要な役割を演じていて、香りの印象も和柑橘に夏の草原をおもわせるようなさわやかな印象だったので、登美 甲州 2023のこの威風堂々たる仕上げは選択的、意図的なものだ。

今回、主役としてテイスティングした4種のワイン。左から「登美 赤 2021」(税別カタログ価格20,000円)「登美 甲州 2023」(同15,000円)「登美の丘 赤 2022」(同5,400円)「登美の丘 甲州 2023」(5,400円)

そこで気になったのが、では、2022年、2023年と2つの異なる登美 甲州を仕上げて、次はどうするのか?だ。

ワインはコンピューターのように年月とともに性能が向上していくようなものではないけれど、次に環境に恵まれたなら、私は、2022年と2023年のいいとこどりをしたワイン、そしてより重層的かつより空間の広がりを感じさせながらも、甲州らしいエレガンスを失わないワインに挑戦するのではないか? と考える。はやくも次回作に期待が高まる作品だった。

どうしても話しておきたい2つの傑作

そして、これと双璧をなす「登美 赤」の新作に話を移したいのだけれど、ちょっとここで余談を挟みたい。今回、主役としては紹介されなかったのだけれど、どうしても紹介したいワインが2つあったのだ。

1つは「登美 シャルドネ 2023」(税別カタログ価格15,000円)。これまで「登美 白」としてリリースされていたワインだけれど、同じ白ワインで甲州が「登美」入りを果たしたので名前が変わった。サントリーの日本ワイン最高峰3作品のひとつだ。そしてそれだけのことがあった。基本路線は樽を使うタイプの高級シャルドネ。甘みのある核果実とトロピカルフルーツのような香りがあり、味わいも香りの印象を裏切らない。よく熟したブドウの分厚い充実感がある。ここにとてもきれいな酸味がすーと細いけれどしっかりした一本の芯のように通る。樽の使い方も見事にワインの複雑性を高め、旨味とまろやかさを引き出すのに寄与している。総じてレストランのメインディッシュと合わせても負けないくらいに力のある白ワインであり、甲州よりずっと洋風だけれど、日本ワイン的な繊細さもある。スーパータスカンの造り手による白ワインが好きな人には特に一飲の価値がある。

もうひとつは「FARM 登美の丘  プティ・ヴェルド 2021」(税別カタログ価格12,000円)。これは昨年、2020年収穫のものを試飲してとてもいいワインだとおもったのだけれど、新作2021年もいい。登美の丘ワイナリーのなかでも最高のプティ・ヴェルド畑のブドウのブレンドでできている。2020年同様、2区画のブレンドと構造はシンプル。このシンプルさがすごくいい。ブドウの良さがストレートに表現されている。ワインが好きな人にこそ、このピュアなテイストを楽しんで欲しい。後述する「登美 赤」がカルテットならこちらはピアノソロ。こういうのをなんと言うのか……ヌーベル・キュイジーヌ? 今後も造り続けて欲しいワインだ。

写真は眺望台付近のプティ・ヴェルド。「FARM 登美の丘 プティ・ヴェルド 2021」に使われたのはこちらではなく、登美の丘ワイナリーの敷地に入ってすぐ右手にある斜面のA4a区画という区画のプティ・ヴェルド。標高の低い方にニュージーランド系クローン(G7V1)、高い方にフランス系クローン(400)を育て、フランス系クローンは標高の高低で2区画に分けて管理している

登美 赤 2021

そして、登美 甲州 2023とならぶ今回の主役「登美 赤 2021」は「登美の丘  プティ・ヴェルド 2021」にも使われたプティ・ヴェルドを含むプティ・ヴェルドを主体(56%)にメルロー(33%)、カベルネ・ソーヴィニヨン(11%)のブレンド。今年は副梢栽培という方法で収穫タイミングを遅らせたメルローが加わった。

副梢栽培は一番花をあえて捨て、二番花になるブドウを育てることで、ブドウの収穫タイミングを約40日遅らせる栽培方法。これで盛夏の影響をかわす。写真のメルローが副梢栽培のメルローで9月初旬でもほとんど色づいていない

これは本当に言う事がなくて、毎度、困る赤ワインだ。赤ワインの最激戦区で真正面から戦って、きっちり好成績を残すタイプ。実によく熟したブドウの高級な赤ワインらしい香り、なめらかで濃密な舌触り、きちんとしたブドウの熟度を感じさせる甘み、旨味のあるタンニンとともにあらわれる力強さ、そして影から全体を支えている酸味。しかも、決してヘヴィーではなく、むしろエレガントにまとまっている。

ただ、私は昨年も感じたのだ。サントリーには、このもうひとつ上のグレードの赤ワインを造ってほしい。20万円でも売れるような赤ワインだ。あと10年、20年、いや30年かかったとしても。サントリーにこそ、それをやってほしい。

だから私はまだこんなんじゃ満足しないぞ!