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 顧客に利便性の高い金融サービスを提供する「エンベデッドファイナンス」(組込型金融)。従来の金融サービスとは縁遠かった顧客層も取り込み、市場は急速に拡大している。今後、エンベデッドファイナンスは金融の形をどのように変えていくのか。2025年3月に書籍『実践 エンベデッドファイナンス: ――あらゆるサービスに溶け込む新しい金融のかたち』(金融財政事情研究会)を出版したFinatextホールディングス取締役CFOの伊藤祐一郎氏に、いまエンベデッドファイナンスが注目される理由、JR東日本やYahoo!ジャパンが取り組むエンベデッドファイナンスの事例について話を聞いた。

既存の金融機関が抱えていた「ある課題」

──書籍『実践 エンベデッドファイナンス』では、非金融事業者による新たな金融サービス「エンベデッドファイナンス」が競争差別化と顧客獲得コストの低減に役立つと述べています。そこにはどのような要因があるのでしょうか。

伊藤祐一郎氏(以下敬称略) 日常生活において、一般消費者と銀行との接点は決して多くないはずです。毎日のように銀行の口座を確認する人はごく一部でしょうし、銀行の店舗に足を運ぶ機会も限られるはずです。銀行が新規顧客を獲得することは非常にハードルが高いと言わざるを得ないでしょう。

 一方、エンベデッドファイナンスの場合は、非金融事業者の既存顧客が金融サービスの新規顧客の候補になるため、実質広告費ゼロで新規顧客を獲得できます。また、既存の金融機関では手に入れられないようなデータを使って、これまで顧客候補ではなかった層にもリーチできます。既存サービスの顧客に合わせた利便性の高いサービスを提供できるため、差別化しやすいこともエンベデッドファイナンスの利点です。

 背景には、この20年間で急速に進んだ金融サービスのオンライン化が大きく関係しています。1998年5月、松井証券が「ネットストック」と称する国内初のオンライントレードサービスを開始したことを皮切りに、業界のデジタル化が加速していきました。

 2000年には日本初のインターネット専業銀行であるジャパンネット銀行(現:PayPay銀行)の誕生をきっかけにネットバンキングの時代が到来し、一般の利用者にもネット銀行の利用が浸透していきました。このように金融のオンライン化が進んだ結果、株式の売買委託手数料はどんどん引き下げられました。