ラグジュアリーとは何か?

鈴木 いよいよ「SAKE HUNDRED」についてなのですが、私、生駒さんに出会って最初に驚いたのが、生駒さんはホントにラグジュアリーブランドをやろうとしている、と感じたことだったんです。私はメディアの特権で、ここでは言えないような特別な経験をして、ラグジュアリーの片鱗を味わって、ああ、ラグジュアリーってこういうことなんじゃないか? というおぼろげな理解はあるつもりですが、現在はさておきSAKETIMES時代までの生駒社長も、そういう特別な体験をして、ラグジュアリーを理解していったのでしょうか?

生駒 え? うらやましいですね。どんな体験ですか?

鈴木 例えばカクカクシカジカなことがありました。つまりですね、液体としてはまったく同じワインでも、値段は1万円にも10万円にも、あるいは100万円になることもある。液体以外のところにその分の価値があれば、ということを知るような体験をしたんです。

生駒 ああ、僕がよく使っている言葉ですが"価格は価値の総和"ですね。

鈴木 ええ。その言葉は心に深く刻まれています。そのブランドの客であることによって得られる、公開されないような体験なんかも、あえてラグジュアリーブランドを選ぶ理由になりますよね? でもそれを作り出すって簡単な話じゃ全然ない。ラグジュアリーブランドの人たちだって必死でやっている。それを生駒さんは知っていて、あえてその難しい道を選んだ。SAKE HUNDREDをそこで勝負するブランドにしたいんだな、という印象を私は持ったんです。それって、ベンチャー企業がやるようなことなのか? とおもうしSAKE HUNDREDのひとつの特異性だと感じているんです。

生駒 僕は日本酒ってなんでこんなにカッコよくて、美味しくて、面白くて、大好きなのに儲かってないんだろう?っていう純粋な疑問があって、それは安すぎるからだって気づいたんです。海外出張で行った香港で、あの有名な日本酒がスゴい価格で売れていてビックリした。価値をつけて売れば買う人いるじゃん! これが産業の未来じゃん!って確信したんです。それで高級日本酒市場をつくろう! と考えたんですが、ただ、当時はそういう高級なものをプレミアムって表現していた。でもプレミアムって相対的な価値だし、高級酒市場を作ろうとしたときには言葉として弱いんですよね。5,000円のものが7,000円になりました、みたいな話じゃ、大局は変わらない。それでなんとなく悶々としていたんです。そんな時に、結局、僕の会社の社外取締役になってもらった齋藤峰明の『老舗の流儀―虎屋とエルメス―』という本を読んで、エルメスのフランスの本社の副社長になった人物がエルメスのライバルは羊羹の「とらや」だって、ものづくりの精神がラグジュアリーの認知を生むんだと書いてあって、腰を抜かすほどの衝撃を受けたんです。日本酒もそれじゃん! って。それから、J.N.カプフェレとV.バスティアンの『ラグジュアリー戦略―真のラグジュアリーブランドをいかに構築しマネジメントするか』なんていう、難しい本も読みましたよ。ラグジュアリーという言葉と出会って、自分がやりたいことと言語が完全に一致した感覚だったんですよね。

鈴木 しばしばラグジュアリーという言葉は若干の誤解とともに使われているように感じます。5,000円のものが7,000円になりました、でも、5,000円のものが3万円になりました、でもいいですが、ただ、値段を高くしました、ではラグジュアリーにはならないじゃないですか。

生駒 僕は自覚した上でやっているんですが、そもそも、歴史も伝統も実績もない、価値も生んでいない日本酒の若手のプレイヤーが、値段を上げただけでラグジュアリーだなんて、本当のラグジュアリーブランドからしたらヘソで茶を沸かすというか、気にもしないでしょうね。目についたら「あらあらなんか出てきちゃったわ」って憐れむ程度だとおもいます。ただ、掲げないと目指せない。実際やってみるとどうかっていうとやっぱり難しくて、10万円で売るなら10万円分のあらゆる価値が降り積もっていないといけない。値段だけ高くて中身がスカスカなら見破られる。認知、第三者評価、導入実績、海外での売れ行き……価値はキリがないです。あらゆる価値を総動員して、お客さまがその金額に納得感を持ってくだされば、それはラグジュアリーの世界に足を踏み入れていると言えるかもしれない。そういうつもりでラグジュアリーを掲げています。いつかたどり着けるはずだとおもっている。そして、相対的なものじゃなくて情緒に作用して人生に貢献できるような、絶対的な価値を持つものを作ることが、日本酒にとってもっとも必要なものである。それが不在なのは大問題だっていう課題意識があります。

インサイダーはアウトサイダーであれ

鈴木 そこまで日本酒に人生を捧げるって、私、本当にありがたいとおもってしまうのですが、そもそもどうやって齋藤峰明さんを口説いたんですか?

生駒 本を読んで「この人に会いたい!」ってなったんですが、齋藤さんってSNSにいないし、連絡先がわからないんですよ。それで、媒体の対談だ!って。齋藤さんとつながっている媒体に連絡して、対談をセットしてくれって頼んだんです。対談だったら自分にも話すターンがやってくるじゃないですか。であれば何か感じてもらえるはず! とおもいついたんです。要は話してる僕を見てもらえるって、それが攻撃力が一番高い。実際、対談しても何も太刀打ちできずにやられて終わるんですけれど名刺交換して「面白いね」って言ってもらったら「ペアリングイベントをやるから来てください!」ってお誘いして、来てもらったらもう少し踏み込んでもらいたいと伝えて「ブランドアドバイザーとして入ってもらえないか?」 とお願いして、そのうち「もう少し深く入りたいんだけれど」って向こうから言ってもらえたので取締役になってもらったんです。

鈴木 対談ってメディアの人の発想ですね。今回、私は生駒さんに何かの相談をしたかったわけではないし、これはお金をいただいて書いた記事じゃないですが、実は自分の言いたいことを言うために生駒さんの言葉を借りたいという気持ちと、自分も成長できるはずっていう気持ちがありました。

生駒 僕はメディアとブランド、2つのマインドを持っているんですよ。それこそ、先ほど言った大手の取材もそうです。メディアとして会ってもらうことで、自分の目も開けてきたし、相手に印象を残してこれたっていう実感があるんです。LVMHやエルメスがラグジュアリーで、デザイナーズブランドはラグジュアリーじゃないのはなぜか? SAKE HUNDREDって何か? そういう思考を重ねていくには、当然、インプットの量が必要です。ラグジュアリーブランドを生み出すには思考を重ねていくしかない。それは、クルマで言うならエンジン。そこにくべるガソリンは意思。前に進もうとする意思ですね。

鈴木 ガソリンの話でいうとSAKE HUNDREDも、もちろん100年とかそれ以上の歴史があるのがザラな日本酒の世界では全然、若いのでしょうけれど、7年目。SAKETIMESは11年目に入って、少なくとも日本酒業界ではかなり知られた存在になったのではないかとおもいます。それって、居心地の良さになって、意思を保ち続けるのが難しくなりませんか?

生駒 僕は日本酒業界にとって、そもそもはアウトサイダーです。取材をお願いしても門前払いだった、みたいな話をしましたよね? それでも、SAKETIMES以降インサイダーになっていった。今はSAKE HUNDREDと近いコンセプトの商品をつくる人も出てきて、そういう人を目にすると、日本酒業界の人たちから生駒は……

鈴木 自分たちの仲間みたいに扱ってもらえることもある?

生駒 ですね。

鈴木 まさにその話で、それって認めてもらえたという嬉しさがある反面で、ちょっと怖くもありませんか? その共同体、仲間意識は気持ちいいでしょう?

生駒 だからそう感じたら、自分がアウェイの環境に行くようにしています。一方でラグジュアリーブランドを作るって言った時に、日本酒業界にだってコンサルタントみたいな人は結構いるんです。でも、うまくいっているか? といえば疑問です。結局、ラグジュアリーブランドは外から作れるようなものじゃない。外と接点を持ちながら、自分がプレイヤーとして中を見られる立場じゃないとできない。蔵元が頑張って、それこそ目から血を流しながらやっていかないとラグジュアリーブランドは作れないとおもいます。

希少性と市場規模

鈴木 これで最後の話題にします。昨年末、SAKE HUNDREDのフラッグシップ『百光』に大きなアップデートがありました。6年間、評価を積み上げていったものを新しくした。それってなぜですか? 長らく抽選販売で、まだ買えていない人、知らない人もたくさんいるでしょうし、いまの商品のファンもいるはずです。

生駒 たしかに、1万本では足りない、という現状のままやっていれば価値は上がっていくでしょう。生産量も1万本が1万1,000本、1万1,500本と少しずつ増やして、希少性を維持していく道もあったとおもいます。でも僕らは規模をもって経済にインパクトを与える集団でなくてはならない。というのも、高級酒が希少性だけに依存している状況を変えないと、高級酒市場は成立しないからです。

鈴木 そもそも、高級な日本酒ってSAKE HUNDREDがつくったと言ってもいいような状況にもおもえますが、規模って高級とは相反するもののように感じます。

生駒 1本5万円の日本酒を造って、それが100本売れましたってなったら、スゴいですよね。でも売上は500万円、利益は? 100万円くらいでしょうか? これがすべてです。200本売れて、売上で1000万円。これぐらいのことでは高級日本酒市場なんて成立しない。5万本、10万本、100万本と売れていく世界じゃないと。だから、定番として安定供給できる高級酒を造っていくのがSAKE HUNDRED第2ステージ。『百光』第2の使命です。そうすると、たくさん造らないといけない。

今回、酒米を有機栽培米の「出羽燦々」から特別栽培米の「雪女神」に変えました。増産にあたって、出羽燦々の生産量がボトルネックになったからです。

もうひとつの変えた理由は単純に、これまで120点満点だとおもっていた『百光』をもうちょっとこうしたいなっていう気持ちが初めて芽生えた、というのがあります。『百光』はピュアな甘みと透明感、旨味・甘味・酸味のバランスで美味しい。どちらかというとムチムチしたお酒のイメージだったんですが、それをよりグローバルな食事に合わせて、同じ思想のまま、少し細身にしたいとおもったんです。

鈴木 SAKE HUNDRED全体に感じることなのですが、お酒がモダン、というかコンテンポラリー(同時代的)だな、と感じるんです。日本酒と言ってイメージするものと、SAKE HUNDREDのお酒はちょっと違うような感覚があります。

生駒 Something 美味しい飲み物、みたいな?

鈴木 まさにそうです。面白がれるポイントが色々あって、私のように日本酒の知識や経験に乏しい人でも他の飲料の経験や知識からきっかけが掴める、という感覚があって。それって狙ってやっているんですよね?

生駒 狙ってます。SAKE HUNDREDの商品には共通軸があって、透明感とか、酸味・甘味のバランスとか、アミノ酸度とか、キーとなる要素があり、それぞれの商品の個性があります。ただ、それが日本酒と違う何かか? といったら、僕にとってはそうじゃない。日本酒にはそもそもそのくらいの多様性があるんです。マーケットが小さな領域のなかで戦い合っているだけで、僕がSAKETIMESで見てきた世界はもっと広いんですよ。だから、奇をてらってやっているのではなく、そもそも日本酒はこういうものですよってプレゼンテーションしているだけです。

鈴木 ワインの場合、おそらくどれだけ造り手が努力しても、最終的なワインの味や香りのうちの半分程度はブドウによって決まってしまいます。でも、日本酒ってもっと設計できますよね。じゃあ、日本酒の違いってどこで生まれるんでしょうか? そして、これがSAKE HUNDREDだって決める時は誰がどう決めるんでしょうか?

生駒 酒の違いを生むのは、思想だとおもいます。思想が違うから、酒の味が変わる。身も蓋もない言い方だって自覚はあるんですが、思想があるからこの米、この水、この設備ってなっていくわけです。自然の恵み、酵母の働きは否定しないけれど、それをどう導くのかは人間の手に委ねられている。人の意思が酒を造っている。僕たちがやっていることもまさにそれだとおもっているんです。だとすると「俺が世界一美味しいとおもっているラインナップがこのSAKE HUNDREDです」以上のプレゼンテーションって結局できないんじゃないかな。

SAKE HUNDREDブランドの日本酒の一部。最も気軽な存在の『弐光』(左 9,900円)、フラッグシップの『百光』(中央 38,500円)、30年熟成 の『現外』(右 1995年のもので286,000円) 

鈴木 それを聞けてよかった。私も同じ気持ちです。謙虚であろうとはしていますが、どんなに客観的な事実を並べても、結局、この媒体で紹介しているものって自分がいいとおもったもの、あるいは自分が何か言いたいものなんです。

生駒 それは自分の選択、自分が進む道に責任を持つということじゃないでしょうか? だってSAKE HUNDREDが美味しくなかったら、それは僕の責任です。僕の判断は100%僕に返ってくる。顧客の趣味趣向、マーケット、受け入れられるものをつくらないといけない、ということをひっくるめて「世界で一番美味しい酒はこれです」と言えるかどうか。

鈴木 ところで、新しい『百光』の発売と同じ頃「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されましたよね。それについてのご意見はありますか?

生駒 業界のモメンタムとしてはよかったとおもっていますよ。誇りを持って、酒造りに邁進できる、という意味で。でも、日本の文化はいま23個登録されているそうですが、いくつ言えます? 例えば、組踊が登録されましたって聞いて、僕や鈴木さんが、組踊を始めましたか? それと同じで、これによって日本酒が売れる、ということにはなりません。顧客の生活に便益を与えるものだから売れるのであって、日本酒が売れないなら、それは顧客の生活に便益を与えられていないからです。無形文化遺産への登録は、素材をいただいただけ。それ自体は何もしてくれないとおもって、うまく活用して、運用していかないと効果はないとおもっています。

鈴木 ありがとうございます。あんまりその話とつながりませんが、今後も期待しています。またぜひお話を聞かせてください。

生駒 今年はまだ言えない、かなりスゴい話題を発表できる予定ですので、期待してください。