大谷 達也:自動車ライター

ロマネ・コンティもトゥールビヨンもスーパースポーツカーも要らないだって!?
「スーパースポーツカーみたいに役に立たないモノが、なぜこの世に存在するのか?」
そんな物言いをする人には「じゃあ、ワインのロマネ・コンティや腕時計のトゥールビヨンも、この世から消え去ったほうがいいのか?」と反論したくなる。
スーパースポーツカーもロマネコンティもトゥールビヨンも、それを手にしただけで心が豊かになるラグジュアリー製品。さらにいえば、そうした至高の一品を作り上げようとする職人やエンジニアたちの努力が技の進化、技術の革新を生み出しているのは間違いない。
残念ながら、いずれも庶民の私には縁がないけれど、そうした文化的価値があるものを「役に立つか、立たないか」で判断するのは、芸術全般を否定するのと同じくらい非文化的なことだと思う。
もっとも、その前提を踏まえたうえでも、一般的にいってスーパースポーツカーの実用性が低いことは否めない。
とりわけエンジンをキャビン後方に積んだミッドシップカーは、ふたり乗りのことが多く、荷物を積むスペースもほとんどない。
ただし、なかには例外もある。それが、ここで紹介するマクラーレンGTSである。

マクラーレンのクルマは300km走ってももっと走りたくなる
マクラーレンの量産車を手がけるマクラーレン・オートモーティブは、名門F1チームとして名高いマクラーレン・レーシングと同じマクラーレン・グループの一員で、いずれも本社はイギリス南部のウォーキングにある。それどころか“レーシング”と“オートモーティブ”はマクラーレン・テクノロジー・センターというひとつ屋根の下で肩を並べるようにして活動しているのだ。
それだけにマクラーレン・オートモーティブの製品にはF1直系のテクノロジーが多く用いられている。軽量高剛性で、航空宇宙の領域で幅広く用いられるカーボン・コンポジットを車両の骨格であるモノコックを用いるのはその代表例で、このためマクラーレンの量産車は、アルミ製モノコックを用いたライバル車に比べて車重が70〜80kg軽いケースもある。ちなみに、年間に数千台を生産する規模のスポーツカーメーカーで、全モデルにカーボンモノコックを採用しているのはマクラーレンだけだ。

そう聞くと、F1マシンもどきで実にスパルタンなスポーツカーを連想されるかもしれないが、どのモデルも乗り心地が快適なうえに視界が良好で、ライバルに比べて運転しやすいのがマクラーレンのもうひとつの特徴。したがってロングドライブはお手のもの。私もマクラーレンで何度か長距離を走ったことがあるが、200〜300km程度では物足りず、「もっともっと走りたい」と思うのが常だった。これは、刺激が強くてすぐに疲れてしまうことが多いスーパースポーツカーでは異例のことといっていい。


そんな、マクラーレンがもともと持つロングツーリング性を前面に押し出したモデルが、2019年にデビューしたマクラーレンGTだった。カーボンモノコック、排気量4.0リッターV8ツインターボエンジン、マクラーレン独自の制御方式を持つ減衰力可変式サスペンションダンパーなどを備えた“GT”は、ほかのマクラーレンよりアグレッシブな度合いが薄いエレガントなスタイリングが与えられるとともに、リアウィンドウが緩い角度で下降するファストバック・デザインを採用することでキャビン後方に長尺物を収容できるラゲッジスペースを確保。ボンネット下のスペースとあわせて合計570リッターもの荷室容量を確保したのである。


ちなみに、メルセデス・ベンツCクラスのステーションワゴンは荷室容量が490リッターと発表されているので、少なくとも数値的にはマクラーレンGTのほうがより多くの荷物を積めることになる。つまり、「実用性が低い」というスーパースポーツカーの常識を、マクラーレンGTは覆したのだ。
そのデビューから5年を経て大改良を受けたのがマクラーレンGTSである。
