色鮮やかな独特の世界観で、「スパイと娼婦」の純情を

 その一方で、洋妾となったもう一人の女がいた、お鏡(きょう)。心中をはかるも、酷薄な男に見捨てられて一人で死んでいった姉のことが忘れられず、怪しげな心中箱を考案。「信実の愛」を探し、証明しようとしている女だ。彼女は異人達の動向をさぐる間者(スパイ)でもあった。

 世界最古の職業は「スパイと娼婦」とされている。くっつけばハニートラップだが、本書はどこまでも純情、もしくは一途。よくこんな抽象的なテーマをミステリーに持ち込んだなあと感心する。

 幕末当時の外国人居留地や、大門をくぐり1本しかない橋をわたって行く遊郭島(橋が落ちれば孤島に)、シャンデリアの下でくつろぐ異国の男達や、どこからともなく聞こえてくる三味線の音色など、きらびやかでありながらどこかレイジーな独特の世界が眼前に現出する。余談ながら「港崎遊郭」は現在、横浜公園に碑として遺る。

 見たこともない極彩色の世界を現出させるセンスを選考員が惜しんだのだろう。読者としては、改稿前の原稿も読んでみたい気もするが、もちろんそれは叶わない。

 若い女が身を売るしか家族の者を飢えから救う手段がなかった幕末遊郭の時代、そして敗戦後の飢えの中にもあった温もり。歴史は女達の涙と犠牲と献身で出来ている。などと言いたくなってしまったのだった。

 

※「概要」は出版社公式サイトほかから抜粋。

※11月12日に公開した記事に誤りがございました。つきましては、下記のように訂正いたしました。ご迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます。

(誤)『遊郭島心中譚』 著者:霜月 流 出版社:角川書店
(正)『遊郭島心中譚』 著者:霜月 流 出版社:講談社