その他の百科全書的作品
《ネーデルラントの諺》では、広い空間の中にそれぞれが個別の諺を表す絵を俯瞰して配置しているにも関わらず、動きに満ちています。
このような表現をしている作品に《謝肉祭と四旬節の喧嘩》(1559年)、《子供の遊戯》(1560年)があります。
《謝肉祭と四旬節の喧嘩》では、画面の右半分には復活祭の前日まで続く40日間の禁欲期間である「四旬節」を描き、左半分には四旬節前の無礼講の祝祭「謝肉祭」を描いたものです。広場を舞台に四旬節と謝肉祭とにまつわる行為を俯瞰して描いた風刺的な意味合いのある作品で、ブリューゲルの重要な特徴が出ています。
《子供の遊戯》は、約250人の子供が登場し、約90種類の遊戯を広場でしている様子を描いた百科全書的な作品です。羊の骨や古いビール樽、壊れた鍋などを工夫して遊具に利用している様子が描かれ、逆立ちや竹馬など日本にもある遊びが登場しています。成長期の子供にとって知的にも身体的にも大事だという、当時の人文主義にブリューゲルが共感していたことが窺える作品です。
また、ブリューゲル研究に別の視点をもたらしたのがオーストリアの美術史家ハンス・ゼードルマイア(1896-1984年)の「ブリューゲルのマッキア(染み)」です。この論文でブリューゲル芸術の特徴を鮮やかに読み解きました。東京藝術大学教授の佐藤直樹氏によると、ゼードルマイアはブリューゲルの作品を距離的かつ心理的に離れて見ることで、まるで「染み」のようにモチーフが散らばっているのがわかる、というのです。
その例として《子供の遊戯》を上げ、最初に見たときは、全体を捉えることが難しく、それは子供たちの洋服の薄青色と朱色が全体にちりばめられて色彩の点となり、焦点を合わせにくくさせている。しかしそれは「単なる色の点ではなく、遊ぶ子供たちの姿だと気づき始めて、ようやく目はモチーフひとつひとつに集中し始める。しかし、集中が途切れると画面全体の混沌に引き戻されてしまう」としています。
さらに「作品から離れて見ると町は遠近法で奥行きがあるのに、たくさんの子供たちのせいで、まるでタピスリーのような平面性が強調されてくる」とその効果と解説しています。このように画面全体にモチーフをばら撒いて混沌とさせることで、ブリューゲルは独自の世界を表現したのです。(参考:『東京藝大で教わる西洋美術の見方』佐藤直樹/著 世界文化社)
この方法はほかの絵でも使われています。
そしてこれら初期の大作は、百科全書的や図式的と表現されますが、後期に描かれた絵からはこういった表現は消えていきました。
参考文献:
『ブリューゲルの世界』森洋子/著(新潮社)
『ブリューゲルとネーデルラント絵画の変革者たち』幸福輝/著(東京美術)
『ピーテル・ブリューゲル ロマニズムとの共生』幸福輝/著(ありな書房)
『図説 ブリューゲル 風景と民衆の画家』岡部紘三/著(河出書房新社)『東京藝大で教わる西洋美術の見かた』佐藤直樹/著(世界文化社)
『ブリューゲル(新潮美術文庫8)』宮川淳/著(新潮社)
『ブリューゲルへの招待』小池寿子・廣川暁生/監修(朝日新聞出版)
『芸術新潮』2013年3月号・2017年5月号(新潮社)
『ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルラントの至宝―ボスを超えて―』図録(朝日新聞社)
『ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展公式ガイドブック(AERA Mook)』(朝日新聞出版)
『ブリューゲル展 画家一族150年の系譜』図録(日本テレビ放送網@2018) 他