文:渡辺 慎太郎

BYDってなんですか?

 最近、「BYDってどうなんですか?」とよく聞かれるようになました。「ありかも」のCMが流れ始めた直後くらいからだったと記憶しているので、相変わらずTVの影響(あるいは長澤まさみさんの好感度)は絶大なんだなと思い知らされました。

「Build Your Dream」の略とされるBYDは中国のバッテリーメーカーで、その子会社という位置付けとなる自動車メーカーとしてのBYDは、「BYD Auto Industry Company Limited」を正式名称としています。設立は2003年なので、わずか20年ちょっとの若い自動車メーカーです。乗用車の日本での販売は2022年からなので、日本へ進出したばかりのメーカーのような印象が強いですが、実は2015年からEVバスの導入はスタートしていて、現在の日本国内におけるEVバスのシェアは約70%と言われています。

いよいよ発売のBYD第3の乗用車はセダンの『SEAL』

 乗用車は2022年に(いずれもEVの)コンパクトSUVのドルフィン、ミドルサイズSUVのATTO3、セダンのSEALの日本発売を公表。ドルフィンとATTO3だけで今年5月末時点で約2300台を販売したとされています。そして6月25日にSEALの販売が開始されました。日本市場の販売戦略は「まずはサイズの異なる2種類のSUVでBYDの認知度を上げて、今回は異なるボディタイプのセダンを追加導入しました」とのこと。

SEALは“e-Sport Sedan”という位置付けだそうだが、スポーティな印象はそれほど強くない。AWDには機械式の可変ダンパーが標準で装備されている

SEALは後輪駆動の2WDと四輪駆動のAWDという2グレードの展開で、価格はそれぞれ528万円と605万円(導入記念キャンペーン価格は495万円と572万円)となっています。

航続距離は2WDで640km、AWDで575km(いずれも申請時)。バッテリーメーカーとしては実績があり、リン酸鉄リチウムイオンバッテリー(82.56kWh)を搭載する。従来のパック式セルの代わりに薄い板状のセルを使用しているので、“ブレードバッテリー”と呼んでいる

BYDのクルマづくり

 自動車を作るというのはそんなに簡単なことではなく、EVにしてもモーターと電池を組み合わせたら誰でも参入できるみたいな論調にはちょっと同意しかねるところがあります。数多の新興EVメーカーが乱立する中国で、BYDはその点を強く認識しているメーカーのひとつで、経験やデータの少ない部分については、それに長けた人やメーカーに任せようという割り切った戦略が特徴のひとつです。現在、BYDのチーフエンジニアと務めるウォルフガング・エッガーは、以前はアルファ・ロメオのデザイナーで、ワルター・デシルヴァと共に156や147、8Cコンペレィツィオーネなどを手掛け、後にアウディグループのデザイン責任者となった人物です。

SEALのエクステリアデザインが、他の中国製のクルマとは一線を画してどこかあか抜けた感じになっているのは、彼の手腕が発揮されているからでしょう。また、どんなに素晴らしいデザインを描き上げたとしても、それを量産化できないことには意味がありません。BYDが2010年に日本の金型メーカーであるオギハラの館林工場を買収したのは、そんな理由もあったに違いありません。開発部門も、他の自動車メーカーから転職してきたエンジニアが少なくなく、自動車メーカーとして足りない部分を積極的に補っているようにうかがえます。近年では自前の最新式衝突実験施設も完成し、安全性に対する取り組みに関しても余念は感じられません。

基本は後輪駆動 質感は?

 そういったバックグランドも少なからず影響しているのでしょう。SEALの乗り味はよくも悪くも極めて普通です。EVなので静粛性の高さは当たり前としても、高速走行時の直進安定性は悪くなく、ハンドリングはステアリングフィールがやや希薄な部分は気になりますが、ステアリング操作に対するクルマの動きは正確でした。フロントにもモーターを搭載するAWD仕様は、iTACと呼ばれる電子制御式の前後駆動力配分機構が備わっていて、通常は0:100の前後配分を状況に応じて随時可変しながら最大50:50までコントロールするとのこと。でもこれは主に滑りやすい路面を走行する時や急加速時に作動するそうで、実際に一般道を普通に走っている限りでは、前輪に駆動力がかかっていると思われる場面はほとんどありませんでした。

プラットフォームはEV専用のe-Platform 3.0を使用。バッテリーを構造部材の一部として使うことを設計の段階から盛り込んでいるという。フロントにも荷室を確保。幼児置き去り検知システム、ペダル踏み間違い時加速抑制装置、自動緊急ブレーキなど最新の安全デバイスも装備

 そもそも、本当にEVが自動車業界の救世主となり得るのかという議論はいったん置いておいて、自動車という工業製品としてのSEALのレベルは、客観的に見て中の上くらいには達しているでしょう。

インテリアの動的/静的質感は決して悪くなく、使い勝手にも不満はほとんどない。横だけでなく縦でも使えるセンターディスプレイは、ナビをヘッディングアップで使うユーザーには便利
後席には大人ふたりが悠々と座れるスペースが確保されている。ボディサイズは全長4800m、1875mm、全高1460mmで、ホイールベースは3m近い2920mm

 ただし、クルマというのは買ってからも色々とメインテナンスが必要なので、いったん販売を開始した以上は恒久的なサービス体制が必要です。そして現時点では、BYDの各モデルを長期的に使用した場合の経年変化や耐久性については誰にも分かりません。こうしたユーザー側の不安を解消するには、BYDがこの先も末永く日本マーケットと真摯に向き合って、コツコツと実績や信頼を積み上げていくしかないでしょう。他の輸入車ブランドもそうしてきたように。