マティスはいくつかのお気に入りのモティーフを繰り返し描いています。それらを比べて観ることも楽しい鑑賞法です。
文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美)
マティスが好んだ「モティーフ」
マティスが気に入って何度も作品に登場させたモティーフに、「モロッコ三部作」(第2回参照)の《テラスにて》の少女の前に置かれた「金魚鉢」、《窓から見た風景》の「窓」があります。金魚鉢をモティーフにした作品では《金魚》(1912年)、《金魚とパレット》(1914-15年)がよく知られています。
マティスが気に入ったモティーフはほかにも「室内」「家族」「ヌード」などが上げられます。マティスのモティーフに対する愛は変わらぬものの、それらの表現にはヴァリエーションがあり、同一モティーフをたどり、比べることによってマティスの様式の変遷が理解できます。
《金魚鉢のある室内》(1914年)には、室内、窓、金魚鉢という3つのモティーフが描かれ、《金魚と彫刻》(1912年)には室内、金魚鉢、女性のヌードがあるといったように、いくつかを組み合わせた作品も多くあります。
「室内」をモティーフにした代表作は、第1回で紹介した初期作品《読書する女》(1895年)、《食卓》(1897年)に始まり、アラベスクや単純化された平坦なフォルムを特徴とする装飾的な作風の《赤のハーモニー》(1908年)、《赤いアトリエ》(1911年)、《茄子のある室内》(1911年)などがあります。
また、後半生になりますが、1946年から48年、油彩画の最後の時期に描かれた作品群のなかの《大きな赤い室内》(1948年)は、赤を用いた最後の作品であり、マティスの絵画の集大成といって良いものでしょう。
「窓」を描いた傑作として上げられるのが《コリウールのフランス窓》(1914年)でしょう。マティスは第一次大戦の始まる頃から、このように抽象度の高い、緊張感に満ちた画風に向かいます。色面として黒を使い、外が見えないように塗りつぶしたこの絵は、制作途中ではないかといった議論も呼んだ作品です。
ほかにもフォーヴ的な《開いた窓》(1905年)や、窓だけを描いたわけではありませんが、窓が象徴的に多くを物語っている《会話》(1908-12年)、《窓辺のヴァイオリニスト》(1918年)などがあります。
家族から安らぎを得ていたマティスには「家族」をテーマにした作品も多くあります。若い頃より夫人をモデルに《帽子の女》《緑の筋のあるマティス夫人》(第1回参照)などを描いていますが、シチューキンの注文で描いた《画家の家族》(第2回参照)では長女と2人の息子、夫人を描いています。
また、ピアノの前にいる次男を中心に幾何学的な構図の《ピアノのレッスン》(1916年)、これと同じ部屋の構成で家族全員を描いた《音楽のレッスン》(1917年)という2点は、自然主義的な《音楽のレッスン》に対し、現実感の希薄な幾何学的な構成を見せる《ピアノのレッスン》というように、全く対照的なアプローチで描かれています。