世界に名を馳せた偉人や文豪、芸術家も親しんだコーヒー。そんなコーヒーにまつわる物語を、ヨーロッパのカフェとともに紹介する連載です。ご期待ください。

文・撮影=Aya Kashiwabara 編集協力=春燈社

大のコーヒー党だったナポレオン

 フランスには「豚にナポレオンという名前を付けてはならない」という法がある、というのは有名な話だそうですが、その根拠が見つからないのもこれまた有名な話だとか。真意のほどはともかく、フランス国民にとって、ナポレオンがいかに神格化された英雄であるのかがわかるエピソードです。

 しかし、そんな英雄ナポレオンにも、負け戦はありました。ライプチヒやワーテルローの戦いに敗れ、ロシア(の冬の寒さ)に負け、2度も島流しの憂き目にあっています。そして小さな島で太く短い一生を終えたのです。

セントヘレナ島に佇むナポレオン(1820年)

 ナポレオンの終の棲家となったセントヘレナ島は、絶海の孤島。ごつごつとした岩が続く火山島で、今なおその荒涼とした面影を残しています。そんな僻地での唯一の愉しみは、その島で栽培されているコーヒーを飲むことでした。ナポレオンは実は大のコーヒー党だったのです。

 また彼は若い頃からかなりの読書家で、朝方まで本を読みふけることが多かったといいます。そんな夜長のお供は、アルコールではなく、知的活動を活発にし集中力を高めるという理由から、コーヒーであるのが常でした。

 フランス革命の後に、その理念を集約した「ナポレオン法典(フランス民法典)」を編み、ヨーロッパ諸国のみならず日本の旧民法に影響を与えたのも、コーヒーの恩恵かもしれません。「体を暖め、勇気を引き出してくれるこのコーヒーを兵士達に与えよう」と、軍隊に初めてコーヒーを採用したのもナポレオンでした。

 時は流れ、無敵に見えたかのナポレオンも、最期には医師にコーヒーを飲むことさえ堅く禁じられてしまいます。しかし、時折医師の目を盗んでは家来にスプーン一杯のコーヒーを運ばせ、その滋味と香りを楽しんだといいます。孤島でのくらしは地味ではありましたが、殺戮と引き換えに手に入れた勝利の歓喜とは違った、真に人間らしい豊かな時間をコーヒーが与えてくれたに違いありません。